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 時刻は午後五時を回った。もう少し勉強していくと言った翼を残し、太樹は「また明日」という言葉を彼に贈って教室を出た。閑散とした廊下に、上履きで鳴らす足音が異様なほど高く響く。  学年、学級によって場所の決められた靴箱は一つ一つに電子ロックがついていて、タッチパネルに表示される0から9までの数字のうち任意の四桁を暗証番号として設定し、扉を開け閉めする。中は上下二部屋に分かれていて、下段は靴を入れるスペース、上段には学校から一人一つずつ貸与されるスマートウォッチの充電器が設置されている。下校時に充電器にセットして、登校したら腕に巻く。学校側からの突発的な呼び出し連絡などがある場合にもこのスマートウォッチが利用されるため、校内にいる間は常に携帯しておくよう太樹たち生徒は学校から指示を受けていた。  スマートウォッチの充電器を画面の裏側にセットし、靴を履き替え、正門のゲートへと向かう。ちょうど駅の改札のような設備であるそれがアーチ状の門の下に備えられているのは、近隣の高校では首都学園高校ともう二つほどの私立高校だけだ。  太樹たちのかよう首都学園高校の正門では、電子チップの内蔵された生徒カードをタッチすることでゲートが開き、登校、下校が可能になる。生徒の出欠状況を電子管理するために設けられたシステムで、教職員も生徒と同じくカードによって出退勤を管理されている。生徒と違って制服のない教職員については、校内にいる間は身分証としてストラップで首からカードを提げる。生徒、教職員にかかわらず、カードには運転免許証と同様に顔写真が掲載されていて、教職員に身につけさせることで不審者が紛れ込むのを防ぐ役割も果たしていた。  午後五時三分。太樹は青く光っている読み取り機に生徒カードをタッチし、開いたゲートから敷地の外へと出た。そこから最寄りのJRの駅まで徒歩五分。好立地、好待遇とはまさに国内トップクラスの名門私立高校にふさわしい。  電車で三十分をかけて家に帰る。太樹の家は両親ともに健在で、どちらも自らが魔族であることを知っている。太樹の中に眠る魔王が目覚めたとき、今はまだ使えない彼らの魔力が解き放たれ、太樹こと魔王の意に従い、彼らも人類滅亡のために力を尽くすという。人類の希望の光、勇者によって魔王が封じられることのない、魔族が治める世界の構築を目指して。  風呂から上がり、母と談笑しながら夕食を食べていると、一本の電話がかかってきた。取ったのは母だったが、太樹宛てだった。 「ちょっと、太樹」  受話器の口に手を当て、食卓を振り返った母の声がかすかに震えていた。太樹は頬張っていた唐揚げを咀嚼し、のみ込んでから返事をした。 「ん?」 「警察が、あなたと話がしたいって」 「警察?」  やましいことなどなにもないはずなのに、警察というワードを聞いただけで太樹は身が竦むのを感じた。腰の重さを覚えながら食卓を離れ、母から受話器を受け取って耳に押し当てる。
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