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「理不尽なことばかりだと思わないか、この世界は」  唐突な問いかけに、太樹は言葉を詰まらせた。 「理不尽」 「そうだ。きみならわかるだろう。きみは魔王に生まれたくて、この世に生を受けたのか?」  違う。そんなわけがない。  小さく首を振って答えると、羽柴ははっきりとうなずいて返してくれた。 「俺が国家公務員になり、総務省に入った一番の理由がそれなんだ。この世界の理不尽を正すこと。偉くなって、力を得て、少しでも世の中を正しく動かしていきたい。それが俺の願いだ。上辺(うわべ)だけを取り繕い、内実は互いの利権を奪い合うだけの政治家連中が(うた)う世界平和には興味がない。理不尽に虐げられる人を限りなくゼロに近づけられる、そんなシステムを国家レベルで作り上げる。こうして言葉にするのは少し恥ずかしいが、そんな理想が俺の中にはあったりする」  へぇ、と相づちを打ちながら、意外な発言だなと太樹は思った。  確固とした理想を掲げ、目的を持って総務省に入省したにもかかわらず、彼は魔王対策チームに身を置く道を選んだ。政治や行政についてまるで明るくない太樹だが、今の話を聞く限り、チームにいては彼の理想を形にするのが難しくなりそうだということくらいは理解できる。  いだいた疑問を、太樹は素直に羽柴にぶつける。 「だったら、どうして魔王対策チームに入ったんですか。高校で教師をすることも含めて、監視班の仕事って、先生のやりたいこととはかけ離れてるような気がするけど」  羽柴は何度かうなずき、「そうかもしれないな」と言った。 「俺も西本と同じで、はじめからチームに入ることを望んでいたわけじゃない。今は魔王の復活が迫っている都合でチームの仕事に専念しているが、いずれは総務省に戻るつもりだ。とはいえ、チームの一員として働くことに満足してもいるんだよ。きみという、理由もなく理不尽を(こうむ)り、虐げられてしまっている人に対し、わずかでも救いを与えられる立場にいられるのはチームの一員であるがゆえのことだしな」 「俺?」  太樹は思わず苦笑いした。 「俺、魔王ですよ。人間じゃないんだから、差別されても仕方ないです」 「それは違う。人類を滅ぼし、この星を乗っ取ろうとしているのはきみではない。魔王だ。きみは鬼頭太樹という、魔王とは別の意思を持った生物個体だろう。魔王が復活するまでの間は、きみには一人の人間として暮らしていく権利がある。肌の色を理由とした差別が生まれてはならないように、きみに対する偏見や差別も本来あってはならないものだ。わかるだろう?」  わかるかわからないかと問われれば、正直よくわからない。人間の敵である魔王を排除しようとする動きは、たとえば自然界における生態系の保護のためにやむを得ずおこなわれる外来種の駆除のようなものだと太樹は思っている。正しい自然に戻すために、正しくないものを正しくする。勇者が魔王を何度も眠りにつかせてきたのもそれと同じだ。この星で人類が生きていくには、暮らしや生命を脅かす存在を正しく排除するしかない。  ただ、羽柴の考え方は部分的に理解できるところもあった。要するに、彼は太樹を魔王として見ていないのだ。魔王ではなく、魔王の器。太樹は太樹という一人の人間。そのように考えるからこそ、彼は太樹に優しくしてくれるのだ。太樹を他の生徒と同じように、普通の男子高校生だと思ってくれている。翼のこともきっとそのように見ていたのだろう。勇者ではなく、ごくありふれた男子高校生の一人だと。
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