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「例の事件のことなら、僕は無関係だ。あの日はたまたま家庭科の補習で居残りをしていただけで、殺された人のことだって全然知らない。なんで僕が疑われなくちゃいけないんだ。あの人が犯人なんじゃないのか」  太樹のことを顎で()し、飯島は自分の主張を一方的に話した。嘘か誠かはともかく、彼はおとといの放課後、家庭科の補習を受けていたという。  実際、彼のスマートウォッチのおとといの位置情報では、彼は放課後、園芸部の活動場所でもある正門横の花壇を訪れ、のちに南館二階の東端にある裁縫室に移動している。翼の死亡推定時刻には裁縫室に一人でおり、午後五時四十五分頃に帰宅したようだ。 「なぜ、補習を?」  美緒が問う。飯島はうんざりした様子を見せたが、答えることを拒絶しなかった。 「裁縫の実習に出られないから」 「出られない、というと?」 「針がダメなんだよ。先端恐怖症ってやつ。小学生の頃、先の尖った鉛筆が目に刺さりそうになったことがあってさ。それ以来、心がおかしくなっちゃったんだ」 「そうでしたか。つらいですね」 「まぁね。包丁も怖いから、二年に上がっても調理実習には出られない。先生にはもう伝えてあるよ、来年も補習お願いしますって」 「そうですか。ちなみに、補習ではなにを?」 「横手(よこて)先生の手伝いだよ。あの人、園芸部の顧問でしょ。ここ最近、生徒がめっきり来なくなっちゃったからって、花壇と畑の手入れを頼まれたんだ」  横手とは首都学園高校に二人いる家庭科教師のうちの一人である。若くて美人だが気の強い女性と、ふくよかで愛想のいいお母さんみたいな女性の二人だが、横手は後者で、生徒たちからの人望も厚かった。 「放課後はずっと花壇に?」 「いや、五時くらいまでだったかな。横手先生と二人で作業してたんだけど、先生が会議に出るって言うんで、そのあたりの時間で切り上げたんだ。僕は補習用のレポートを書かなくちゃいけなくて、裁縫室で先生たちの会議が終わるのを待ちながら書いてたよ。先生が戻ってきたのは五時四十分くらいだったかな。それまではずっと裁縫室にいた。一人だったけど、教室からは一歩も出てない。そう言う話でしょ、きみたちが聞きたいのは」 「えぇ、まさに」  美緒が正直に答えると、飯島はため息まじりに「他に話せることはないよ」と言った。美緒は太樹に意見を求めるように視線を寄越したが、太樹が首を横に振ると、飯島に短く礼を述べ、一年六組の教室を出た。
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