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「申し訳ありません。お食事中でしたか」 「いいよ。こっちこそ、あなたが来るってわかってたのにのんびりしすぎちゃったかな」  臼井が箸を置くと、仲間の女子たちが「席、はずそうか」と臼井に尋ねた。臼井は彼女たちを部屋から追い出すことはせず、座ったまま太樹たちと話をする体勢を整えた。 「明城くんの事件のことだったね」 「えぇ。事件当時、学校に残っていた方全員にお話を伺っています」  ふぅん、と美緒の返しに対し相づちを打った臼井だったが、口もとこそ笑みを浮かべているものの、いかにも聡明で気の強そうな印象を受ける涼やかな目もとはまるで笑っていなかった。太樹のことを警戒しているのか、他の女子二人も表情をこわばらせている。 「おもしろい話はできないよ」  どこか挑戦的な口調で、臼井は事件当時の自らの行動について語った。 「あの日は最終下校時刻の直前までずっと203教室にいた。最初から最後までずっと一人だったから、アリバイがないって指摘にはろくに言い返せないんだけどね」 「最初からというと、三時半頃からということでしょうか」 「そう。クラスのみんなはさっさと帰っちゃって、私一人が教室に残った。学校を出たのは五時五十分頃だったかな」  美緒はうなずき、太樹も心の中で納得した。西本が美緒に渡した捜査資料によれば、確かに臼井は午後五時五十二分に正門のゲートをくぐっている。スマートウォッチの位置情報についても、彼女の証言どおり、放課後は終始彼女のホームルームである203教室にいたと示されていた。今のところ、彼女の話に矛盾した点はない。 「ご存じのことと思いますが、事件は205教室で起きました。あなたのいた203教室の二つ隣です。なにか物音を聞いたり、話し声が聞こえてきた、なんてことはありませんでしたか。翼くんの声なども含めて」 「警察にも聞かれたけど、よく覚えてないの。私、勉強中はずっとイヤフォンをしているから、余計に聞こえなかったんだと思う」 「そうですか。では、誰かが廊下を通ったのを見た、ということは?」 「ごめんなさい、それも記憶になくて。何人かは通ったような気がするんだけど、具体的に誰だったかまでは、ちょっと」  そんなもんだよな、と太樹は口には出さないまでも臼井の話は理解できた。集中力を保つためにイヤフォンをしていたのだろうから、廊下の様子や些細な物音に気が向いたとは考えにくい。  ただし一点だけ、太樹はきちんと確かめておきたいことがあった。
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