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「大久保先生」 「大久保先生が?」 「覚えてないか、昨日物理科準備室で先生から話を聞いたときのこと。あの人、机の上にスマホを置いてただろ。画面をうつ伏せた状態だったから、ケースのデザインがよく見えてた。男の人が使うにしてはやけにかわいらしいイラストのケースだなと思ったんだけど、今ならその理由がわかるよ」  まさか、と美緒は両眉を跳ね上げた。 「臼井さんと、おそろい……?」 「そういうこと。大久保先生のケースは、水色のベースに小さな男の子が赤い風船を持ったイラストが描かれてた。一方、臼井さんのケースはクリーム色のベースに女の子のイラスト。大久保先生のケースと同じように、女の子は紐付きの赤い風船を手にしてた。たぶん、二台のスマホを横に並べると、二つの絵柄が一つにつながるんじゃないかな。いわゆる、ペアケースってやつ」  太樹もはじめはまさかと思った。だが、理由がわかればすべてのことが一つにつながる。  彼女は嘘をついておらず、またある意味では嘘をついていた。そしてその嘘は、翼殺しとはまるで無関係の嘘だ。  彼女は殺人の罪を隠すために嘘をついたのではない。かよっている学校に務める教員と恋愛関係にあり、学校内でこっそり会っていたことを隠したかったのだ。 「信じられません」  美緒はいまだに驚きを隠せない顔をしてつぶやいた。 「彼女は生徒会長ですよ。それなのに、大久保先生とそういう関係だったなんて」 「まぁな。でも、賢い彼女が選びそうな手段だと思わないか。教師と生徒の恋愛じゃ大っぴらにはできないけど、スマホケースならペアにしていてもバレにくい」 「えぇ、まさに。だとすると、彼女が例の脚立の音を聞かなかった理由は」 「その時間、彼女は203教室にいなかったから、ってことになるんだろうな」 「大久保先生のところにいたということですか。確かに、物理科準備室にいたのなら脚立の音を聞いていなくてもおかしくありませんが……」 「そう考えるしかないだろ。先生は事件当時、物理科準備室に一人でいたと言ってた。それもおそらくは嘘で、本当は臼井麻里花と二人でいたんだ。彼女は彼女で、そのことを隠すために203教室にスマートウォッチを残し、ずっと自分のホームルームにいたように演出した。二人とも、まさかその日に翼が殺されるとは思わなかったはずだから、彼女がスマートウォッチを教室に残したのは純粋に大久保先生と一緒にいたことをごまかしたかっただけだろう。もしかしたら、大久保先生の指示だったのかもな。生徒に手を出したことがバレたら、この学校にはいられなくなるだろうから」 「ですね。臼井さんだって、ヘタをすれば退学なんて話にもなりかねません。二人で協力して、密会を続けていたのでしょう」  気持ちはわからないでもないが、よくやるよな、と太樹はひとごとのように心の中でつぶやいた。二人ともが捜査関係者の前でさえ嘘を突き通したのだから、それだけ本気の恋愛だということなのだろうが、それにしても、だ。
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