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「臼井さんと大久保先生、二人ともシロなのでしょうか」  ぼそりとつぶやかれた美緒の口調は、わかりきった答えをあえて尋ねているようだった。「俺はそう思う」と太樹は答えた。 「二人が共謀して翼を殺したとは思えないし、嘘をついた理由は事件当時のアリバイのためでもない。たぶん、二人とも事件とは無関係だ。そっとしておいてやろう」  太樹たちが暴きたいのは教師と生徒の情事ではない。そんなことにかまっている余裕はないし、大久保と臼井のことを無意味に傷つけるようなこともしたくない。「そうですね」と美緒も納得したようにつぶやいた。 「しかし、残る容疑者はいよいよ一人になってしまいました」 「有野芽以、だっけ」 「はい。一年五組の生徒ですが、今日は珍しく欠席していると聞いています」 「珍しく?」 「基本的に休まず学校へ来ている生徒だそうです。家庭環境に問題があるようで、家にいるほうが苦痛なのだと警察の事情聴取で話したとか」 「なるほど。だから彼女は最終下校時刻ギリギリまで学校に残ってたのか」 「えぇ。翼くんが本部の加賀さんとの電話を終えた午後五時十五分以降、五時五十分に守衛の武部さんに声をかけられるまで、南館一階の多目的教室に一人でこもっていたそうです。彼女は映画研究部の部員で、南館の多目的教室は部室として使用されています」  家に帰りたくなくて、学校に残れるだけ残っていた、か。それだけを聞くと、翼を殺すためにわざわざ学校に残ったということはなさそうだ。おそらく彼女は毎日のように放課後を学校で過ごしていただろうから、むしろ彼女に話を聞けば、いつもと違う放課後の景色について教えてもらえるかもしれない。 「今日はどうして学校を休んでるんだ」 「さぁ、そこまでは。仲のいいクラスメイトさんに当たってみたのですが、皆さん知らないと言っています」 「学校に連絡は?」 「確認してみましょう」  別館から出ようとからだの向きを変えた美緒の行く手を遮るように、美緒のスカートのポケットが振動した。なかなか鳴り止まないのは電話がかかってきているからで、美緒は画面の表示を確認し、太樹に「龍ちゃんからです」と告げた。 「もしもし。……え?」  相手は西本だというが、警察官としての彼か、あるいは魔王対策チームとしての彼か、どちらの立場からの連絡だろうか。翼の事件の捜査になにか進展があったなど、いい報告であることを太樹は大いに期待したが、美緒の表情は電話に向かって返事をするたびに厳しいものへと変わっていった。 「最悪です」  電話を切るなり、美緒は神妙な面持ちでつぶやいた。 「始まってしまったかもしれません」 「始まったって、なにが」  スマートフォンの画面を消灯し、美緒は太樹と視線を重ね、言った。 「『勇者の剣』の奪い合いですよ」  西本からの電話は、最後の容疑者、有野芽以の死を知らせるものだった。
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