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 有野芽以の遺体は今朝、東京(トーキョー)の街はずれにある小さな公園で発見された。翼と同様、何者かに刃物で刺され、仰向けの状態で倒れていたという。 「驚きましたよ。自分が担当する事案じゃなかったんで、被害者の名前を聞いたときには飛び上がりそうになりました」  太樹たちがすべての授業を終える頃には雨はすっかり上がっていた。さっきまでの黒い空が嘘のように晴れ間が覗き始めた空の下、西本は太樹と美緒の待つ北館四階の西渡り廊下へやってきた。今は魔王対策チームの職員としてではなく、警視庁の刑事として、彼は二人の前に立った。 「死亡推定時刻は昨夜午後八時から十一時の間。腹部と胸部を一ヵ所ずつ刃物で刺されていました。遺体発見現場の公園ですが、もはや公園としては機能していないような場所だったようです。広さは学校の教室二つ分ほどで、遊具は朽ちかけたブランコが一つ。雑草も生え放題で、行政が手入れを放棄しているような状態だとか」 「第一発見者は?」  美緒が促す。「近隣住民です」と西本は先を続けた。 「愛犬の散歩中、その犬がくだんの公園に向かってやたらと吠えたそうで、覗いてみたところ、高校生ぐらいの女の子が倒れていた、と」 「雨降りだったのに、犬の散歩?」  美緒の疑問はもっともだったが、西本は「外で排泄する習慣のある大型犬で、毎朝かかさず散歩に出るのだそうです」とまっとうな答えを返した。そのおかげで発見してもらえたのだから、殺された有野にとってはありがたいことだったに違いない。刺し殺されたというむごたらしさに加え、今朝から昼にかけて降り続いた大雨でさらにぐちゃぐちゃになってしまったであろう有野の死に様を想い、太樹は心の中で彼女の冥福を祈った。 「ご両親は心配しなかったのかな」  美緒は思案顔で腕組みをした。 「殺されたのは昨日の夜のことだったんでしょ。一晩じゅう娘が帰ってこなかったら、普通は警察や学校に連絡すると思うんだけど」 「その点については被害者の両親から証言が取れています。被害者の有野芽以は普段から無断で外泊することが多く、どうやら年上の男と付き合いがあったようです。その男は恋人というわけではなく、有野に頼まれたときには泊めてやっていたと話しているとか」 「なるほどね。そういうことなら、一晩帰ってこないだけじゃ特に怪しむこともなかったってわけか」 「家に帰りたくなくて、学校で時間をつぶしていたくらいだしな」  太樹も納得したようにつぶやく。タイミングから考えて、有野の死は翼の死とまるで無関係ということはないだろう。翼を殺した犯人に有野が接触を図ったか、あるいはその逆で、有野が翼を殺し、別の第三者が有野に近づいたか。  いずれにせよ、有野が翼殺しに深くかかわっていたことは間違いない。その理由も、もしかしたら彼女の家庭環境にあったのかもしれないなと太樹は思った。『勇者の剣』か、あるいは別のなにかを得ることで、彼女は彼女の人生を上向けようと考えていた――。
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