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 だからこそ、有野は殺された。殺人を目撃し、その犯人に近づいたせいだ。  階層こそ一階と二階で異なるが、有野の位置を示す点は、翼の殺された現場である本館二階の205教室が真正面に見上げられる場所だった。詳細には、205教室の前方、窓から教室を覗くと前から二番目の席をちょうど真横から見られる位置。翼の座っていた前から三番目の席はすぐ後ろに柱があって真横からではからだの半分ほどしか見えそうにないが、有野の立ち位置は少し前方へズレており、席につく翼の上半身は全部見えていたに違いない。 「有野はこの場所でたまたま殺人を目撃し、ショックでしばらく動けなかった。そう考えれば、こんな中途半端なところで五分以上立ち止まっていた理由にもなんとなく説明がつきそうだろ。急に体調が悪くなったって可能性ももちろんあるけど、だとしたら守衛室が目の前なんだから戻れば誰かの手を借りられるし、少し廊下を行った先には保健室もある。けど、有野がそういう選択をしたという記録はないし、このあとまっすぐ多目的教室へ戻っていることを考慮すれば、体調不良で動けなかったわけじゃないと思う。だとすると」 「彼女は翼くんが刺し殺される瞬間を目撃し、足が震えて動けなくなってしまった。そういうことですか」  太樹の言葉を引き継いだ美緒に対し、太樹は「たぶんな」と短く返す。美緒は納得したようにうなずくと、守衛室から廊下へと出て、有野が立っていたと思われる場所へ向かって駆けた。本当に犯行が目撃可能だったかどうかを自分の目で確かめるつもりらしい。  一緒になって廊下へと出た太樹や西本を美緒は振り返り、検証結果を告げた。 「確かに、この位置からなら翼くんの席が前方斜め左から見えます。翼くんは背中を刺されていましたから、犯人が立っていたと思われる場所はちょうど柱の陰になる位置。おそらく犯人は対岸にあるここ南館二階の職員室からの目撃を避けるため、自らのからだを限りなく柱に近づけた上で翼くんを刺している。ですが、いくら柱に身を寄せていたとしても、一階のこの位置からなら完全に見えなくなるということはあり得ません。背中を刺すとき、犯人はどうしたって翼くんに一歩近づかなければなりませんから、斜め前、それも下からのアングルなら犯人の顔まではっきりと見えたはずです」  美緒の指摘に同意しながら、太樹は美緒のすぐ隣に歩を進め、廊下の窓越しに本館の205教室を見上げた。 「有野がどこからどこまで見ていたのかはわからない。ナイフを手にした犯人が見えたのか、翼が刺し殺された瞬間を見たのか。けど、彼女は昨日殺されてる。もし本当に彼女がおとといの殺人を目撃したのなら、彼女が殺された理由にも察しがつくと思わないか」  えぇ、と美緒は腑に落ちたような顔で言った。 「脅迫したのですね、犯人を。そして、返り討ちに遭った」 「そうだと思う。彼女は家庭環境に問題があって、何度も無断外泊をしていた。家を離れて一人で夜を過ごすには、それなりの金か、一時的にでも身を寄せられる秘密の居場所が必要なはずだ。そのために彼女は、ここで目撃したことを材料に、犯人を脅すことを考えた」 「翼くんを殺した犯人に対し、口止め料を要求した、というわけですか」 「たぶんね。頭の回る子だったんだろうな。彼女が翼殺しを目撃した場所は守衛室の目の前だったんだから、普通なら守衛さんに報告するだろ。でも彼女はそうしなかった。足が震えてしまったってのは本当かもしれないけど、彼女はその場で立ち止まったまま考えたんだ。恐ろしい場面に遭遇したこの状況を、もしかしたらチャンスに変えられるんじゃないかって」 「うまくすれば、求めていたものが手に入るかもしれない。彼女にとってそれは、居心地の悪い家庭から逃げ出すための手段だった」  美緒はひとりごとのようにつぶやき、また一つなにかに気づいたような顔をした。
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