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「彼女が目撃した犯人というのは、この学校の職員だったのでしょうか。生徒が犯人だったのなら、脅迫してもたいしたお金は手に入らないのでは?」 「どうだろうな。うちの学校は学校名がブランド化してて、金持ちの家が子どもをこぞって入学させたがるって話も聞いたことがある。ほら、そういうヤツって無駄に有名だったりするだろ。俺でも何人かは知ってるよ」 「へぇ。たとえば?」 「なんだっけ、ナントカって会社の社長令嬢のナントカさんとか」 「それは知っていると言えるのですか。全部ナントカじゃないですか」 「顔はわかる。名前が出てこないだけ」  美緒に胡乱(うろん)な目で見られる。記憶力にはそれなりに自信があるつもりでいる太樹だが、顔と名前を一致させることは苦手だった。これも無意識的に他人を遠ざけているせいなのだろう。  こんなところでも、心を閉ざしているのは自分のほうだと気づかされる。情けない。翼が死んでから、これまでの生き方を後悔してばかりだ。 「あのぉ」  西本がそろそろと挙手をし、二人の間に割って入った。 「お二人の話は確かに筋が通っていると思います。だけど、思い出してください。翼さんは、五時十五分までチームの人間と電話をしていたんですよ。有野芽以が五時十二分の時点で翼さんが殺害されるところを目撃したというのであれば、電話の件が時間的に矛盾しませんか」  あ、と美緒は声を上げたが、太樹はその点についてまったく考えていなかったわけではなかった。  有野が南館一階の廊下でおよそ六分という時間を過ごし始めたのは午後五時十二分のこと。その時点では、翼はまだ生きていた。  当時翼は魔王対策チームの加賀という人物と電話をしており、通話を終えたのは午後五時十五分。この通話履歴がねつ造されたものではないとすると、五時十二分に有野が目撃した翼は205教室でスマートフォンを耳に押し当てているところだったはずだ。それでも有野が廊下で足を止めた理由があったとするなら、その時点で犯人が翼の背後に迫り、手にナイフを握った状態だったとしか考えられないが、そうなるとそれから三分の間、翼は迫り来る犯人の影を背負ったまま悠長に電話をしていたということになる。あまり現実的とは思えない。  しかし、午後五時十二分の時点で有野がなにかを目撃したことは間違いないのだ。そうでなければ、この廊下で六分間も足を止め、のちに殺害されたことに説明がつかない。  なにを見たのか。翼が刺し殺された瞬間ではなかったとしたら、あいつはいったいなにをしていた――?
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