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 生きたいという意思が感じられず、まるでのっぺらぼうのような無表情。発する言葉にも力がない。生きながらにして死んでいるような立ち姿。  来る日も来る日も、彼は背負わされた運命に悲観し、絶望しながら生きてきたのだろう。けれど、そんな彼の願いは奇しくも、美緒たち人類の願いと完全に一致していた。  勇者が抜かりなく魔王を倒し、世界の平和を取り戻すこと。  魔王の魂をその身に宿し、自身は長く生きられないと知りながら、彼の心は一人の人間としての希望を今でも持ち続けている。魔王復活と同時に自我を失い、勇者に倒され、魔王の魂の容れ物としての役目を終えたあとの世界が平穏無事であることを、魔王復活に伴う犠牲が最小限で済むことを、この世界で誰よりも彼が強く願っている。  その願いを、彼は翼に託していた。けれど今、翼はもうこの世にいない。  新たに願いを託す者が必要だった。心から信頼できる人に、彼は勇者になってほしいと願った。  美緒も同じだ。勇者として正しく魔王を倒してくれる人が勇者になるべきだと考えている。それは本来魔王の望みではなく、勇者側の、人類側の望みであるべきなのだが、なにがどうしてあの人の願いとして聞き入れることになっているのだろう。気に入らない。  美緒は静かに立ち上がり、西本に運ばせたジュラルミンケースを開けた。ハンドガンや小型のナイフが整然と収められる中、一本の真っ赤なリボンがケースの片隅で活躍のときを待っていた。  真っ先にリボンに手を伸ばす。今結んでいるピンクのリボンをほどき、赤いリボンに結び替える。  気合いを入れたいとき、美緒はいつもこの赤いリボンをポニーテールのてっぺんに結ぶ。「派手すぎる」と翼に何度も顔をしかめられた、お気に入りのヘアアクセサリーだ。 「よくお似合いですよ、美緒さん」  西本が嬉しそうに笑った。バカにされているのかと一瞬考えたが、相手が西本であることを思い出す。この人は昔からそうだ。場違いなほど能天気で、けれど理知的で勘のいい、明るい光と前に進む力をチームにもたらす冴えた若者。  制服の中に仕込めるだけの武器を仕込み、「よし」と美緒は小さく吐き出す。  魔王の、いや、意図せず魔王の器となった男子高校生の願い。  そして、人一倍悩み、苦しみながら、誰よりも勇者らしくいようとした翼の願い。  正しく勇者となれる者が剣を振るい、世界の平和を守ること。それが、相対するはずだった二人の願い。  叶えられるのは、わたしだけ。 「行こう、龍ちゃん」  覚悟は決まった。ジュラルミンケースを席に残して歩き出し、美緒は誰にともなく宣言した。 「翼くんの望んだ未来は、わたしが守る」
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