2.

4/12
前へ
/103ページ
次へ
   * 「きみがそう考えた根拠を聞こうか」  十秒を超える沈黙のときが流れたのち、羽柴は銀縁眼鏡のブリッジを押し上げながら太樹に言った。 「翼が殺されたと推定される時刻、俺は職員会議に出ていた。一部の職員で構成される委員会だったが、アリバイを証明してもらうには十分だろう」 「えぇ。家庭科の横手先生も同じ会議に出席されていましたよね。容疑者と思われていた一年の飯島剛のことで話を聞きに行ったんですけど、翼が殺された日は五時十五分からあなたが出席したのと同じ会議に出ていたと言っていました。そのせいで、飯島のアリバイがなくなった」 「では、疑わしいのは俺ではなく、飯島剛のほうではないのか」 「飯島には犯行は無理です。彼は先端恐怖症で、翼は刃物を使って殺されている」 「なるほど。先端恐怖症の彼が選び得ない凶器というわけか」 「さらに、二年の円藤正宏は重度の高所恐怖症で、校舎の二階ですら窓に近づくことができません。そんな円藤が窓際の席に座った翼を殺すことはまず無理だ。それから、物理の大久保先生と生徒会長の臼井麻里花は恋愛関係にあり、翼が殺された時間、二人きりで物理科準備室にいた。その事実を隠すために二人はそれぞれ嘘をつき、翼の死亡推定時刻に学校内で一人きりだったと証言していますが、その嘘はあくまで恋愛絡みの嘘であり、翼殺しを隠すためのものじゃない。二人きりになれるチャンスをこそこそ窺っていたくらいなんだから、そんな絶好のタイミングを殺人行為でつぶしてしまうとは思えないし、なによりあの二人には翼を殺す理由がない。理由という意味では、翼の次に殺された有野芽以も含めて、容疑者全員がそうだったと言えるわけですけどね。誰一人、翼を殺したいとは思ってなかった」 「俺も同じだ」  羽柴は淡々と主張する。 「俺にも翼を殺す理由がない」 「そうかもしれない。でも、先生にしか翼を殺せなかったことは間違いないんです。翼が殺された状況から考えて、今回の犯行は計画的におこなわれたものじゃない。だからこそ、犯行が可能だったのは先生ただ一人に絞られてしまう」  羽柴はしばしの間口を閉ざし、やがて「聞こう」と太樹のたどり着いた結論への道筋について問うた。 「俺にしか翼を殺せなかったと、きみが自信を持って言いきる理由は?」  眼鏡の奥の真っ黒な瞳に、底知れぬ狂気のようなものを見た気がした。背筋に薄ら寒いものを感じたが、怯んでいる暇はない。  腹に力を入れ直し、太樹は理路整然と翼の殺された状況を説明した。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加