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「電話です」 「電話」 「はい。あの日、俺が不用意に魔力を使ったせいで、魔王対策チームの加賀さんという人が翼のスマホ宛てに電話をかけましたよね。俺の魔力の使用状況を確かめるために。西本さんに確認してもらったところ、そのときの通話の内容は録音されていませんでした。でも、加賀さんははっきりと覚えていてくれたんです。あの日の翼との電話の途中で、翼と電話を代わった人がいたことを」  羽柴の瞳がわずかに揺れる瞬間を太樹は見逃さなかった。それを動揺ととらえるか、余裕の表れととらえるか、今はまだ判断がつかない。 「あなただったんです、羽柴先生。あの日、あなたは加賀さんと電話をしている翼に背後から近づき、声をかけた。相手があなた、すなわち魔王対策チームの人間であれば、電話を代わってほしいと言われても翼は疑わなかったはずだ。翼は素直にあなたの要求にこたえ、スマホを手渡し、心を許していたあなたに対しなにげなく背を向けた。その直後のことだったんじゃないですか、あなたが翼の背中にナイフを突き立てたのは。加賀さんとの通話を終えた翼がホッと一息ついたその瞬間、あなたは隠し持っていたナイフで翼の心臓を貫いた。その傍らで、加賀さんとの通話にも淡々と応じ続けたんです。通話を終えるその時間まで翼が生きていたように見せかけるために」  つまり実際には、翼が殺されたのは午後五時十五分よりも前だった。仮に通話開始から五分後の五時十二分、有野芽以が南館一階の廊下で立ち止まり始めたその時刻が犯行の瞬間だったとすると、それから先の三分間は羽柴がずっと加賀と話し続けていたというわけだ。これならば、通話履歴だけを見ると翼が五時十五分まで加賀と通話していることになり、それ以降に殺されたと思わせることができる。加賀に妙な疑いを持たせないために、通話を終える直前、まるで翼がすぐ隣にいるかのように「翼、加賀と代わるか」などといった小芝居を挟むことくらいはしただろう。もちろん、実際に通話を終えたのは翼ではなく羽柴だった。  この方法なら羽柴のアリバイを崩せることに気づいたのは、悔しいが、あの嫌味な勅使河原警部補のおかげだった。西本宛てにかけた電話で太樹と代わるよう指示を出し、太樹はその後、再び西本と代わる前に勅使河原からの電話を切った。  そのときだ。同じことが翼と犯人の間でもおこなわれていたのではないかと気がついたのは。  確かに翼のスマートフォンには五時七分から五時十五分まで加賀と通話していた記録が残っていたが、その記録がイコール翼本人が話していたという証明にはならない。勅使河原からの電話を切ったのが西本ではなかったように、勅使河原と最後に話したのが太樹だったように、通話終了の瞬間に加賀と話していたのが翼ではなかったとすれば、ほんの数分ではあるものの、翼の死亡推定時刻は前倒しになる。  そうしてつくられた数分間のうちに翼を殺せる人物。見方を変えて、この方法で数分間の空白をつくることが可能だった人物。  その人物は、翼のスマートフォンを通じて加賀と通話をしていた羽柴でしかあり得ない。
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