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「だが、俺は会議に遅刻していないぞ」  羽柴は冷静な口調で反論をくり出した。 「あの日、俺は五時十五分に開始された会議に定刻どおり出席した。仮に俺が翼を殺し、五時十五分まで加賀と通話をしていたのだとしたら、会議に遅刻していたはずだ。この205教室から職員室へ移動し、会議の資料を持ってからさらに一階の会議室へ移動するとなると、どうがんばっても一、二分は遅れてしまう」  もっともな意見だったが、想定内の弁解だ。  羽柴の言うとおり、本館二階の205教室から南館二階の職員室へ移動するだけで、走っても三十秒弱はかかる。そこからさらに一階の会議室へ下りる場合、どれだけ急いでも一分は必要だ。しかし羽柴は会議には遅刻していないというのだから、五時十五分まで205教室に残り、駆け足で会議室へ向かったというルートを取ったというのはあり得ない。全力疾走で会議室にすべり込んだのだとしたら、それはそれで会議に出席した教員の誰かが覚えていたはずだろうから、証言が上がっていないということは、羽柴はごく自然に会議の開始時刻に間に合っていたということになる。  では、彼は実際どのような行動を取っていたのか。 「翼を刺し殺してすぐ、教室を出たんでしょ」  冷静さを意識していたはずの口調がだんだん崩れてきていることを実感しながら、太樹は言った。 「翼は心臓を刺され、即死だったと聞いています。仮にその時刻が五時十二分だとして、あなたはそのとき加賀さんと通話しながら、翼のスマホを持って205教室を出たんです。いかにも翼がすぐ隣にいるように装いながら通話を続け、渡り廊下を渡って本館へと移動したあなたは、職員室へ立ち寄り、会議の資料を持って、一階の会議室へと下りた。その時点でようやく通話に区切りをつけ、あなたが加賀さんからの電話を切った。そして、翼のスマホを持ったまま、職員会議に出席した」  羽柴が軽くあしらうように鼻で笑った。 「遺体が見つかったとき、翼のスマートフォンは翼が持っていたはずだが」 「あんたが戻したんだろ。翼の遺体を最初に見つけたのは守衛の武部さんだったけど、あの人は翼の遺体には触れていない。翼の背中に刃物が刺さっていたことに驚いて、慌てて職員室へ駆け込み、応援を頼んだ。武部さんからの要請に応じたのは養護の先生とあんただったって俺に教えてくれたのはあんただったよな、先生。そのときだろ、翼のスマホを翼の手もとに返したのは。あんたが我先にと翼に駆け寄ったのは、それが一番の目的だったんだ」  翼宛てにかかってきた電話を五時十五分に切ったのが羽柴で、その羽柴は五時十五分に開始された職員会議に遅刻することなく出席している。それを可能にするためには、羽柴は翼のスマートフォンを持ったまま会議に出席する他にない。警察による捜査が始まった時点で翼のもとにスマートフォンがあったことは間違いないのだから、遺体に真っ先に駆け寄った羽柴の手によって戻されたとしか考えられない。  物的証拠は得られないかもしれないが、この不自然な時間のズレを論理的に解決するにはこの方法しかあり得ないのだ。羽柴以外に、翼を殺せた人物はいない。
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