2.

7/12
前へ
/103ページ
次へ
「先生」  まだどこかに希望のかけらを探すように、太樹は羽柴に回答を迫る。羽柴は太樹をにらむでもなく、さらなる反論をくり出すでもなく、細く息を吐き出しながら眼鏡のブリッジを押し上げた。 「加賀のことは、うまく騙せたつもりだったんだがな」  わずかな後悔をにじませ、羽柴は犯行を認めた。もとより逃げきるつもりはなかったのではないかと思えるような口調だった。目的は達成した。見抜かれたらそのときだ。そんな風に考えているような。  動揺のかけらも見せない羽柴の姿は、太樹にも落ちつきを取り戻させた。怒りに昂りかけた心が少しずつ鎮まっていくのがわかる。 「有野芽以を殺していなかったら、俺たちも騙されたままだったかもしれません」  太樹が言うと、羽柴は「ほう」と興味深そうな目を太樹に向けた。 「意外だな。あの子を生かしておくメリットがこちらにあったとは思えないが」 「だとしても、殺すタイミングだけはもう少し考えてもよかったんじゃないですか」 「というと?」 「翼が殺されてすぐにあの子も殺されたでしょ。そうなると俺たちは、二つの殺人を結びつけて考えないわけにはいかなくなる。翼と有野の間に接点はなく、翼の次に有野が同じ方法で殺された。順序から考えて、有野が翼殺しになんらかの形でかかわっていることは明白です。じゃあ、あの日有野は翼殺しとどうかかわっていたのか。それを調べていくうちに、例のアリバイトリックにたどり着いたんです」 「有野が翼を殺したのではなく、有野は目撃者だったということに気づいたわけか。俺が翼を殺すところをあの子が見ていたのではないかと」 「はい。翼が殺された日の有野のスマートウォッチの記録をたどったら、有野は午後五時十二分から約六分間、守衛室のある南館一階の廊下で立ち止まっていました。彼女の位置情報が六分間動かなかったその場所はちょうど205教室の向かい側で、教室の中が覗ける位置だった。それで気づいたんですよ。有野は立ち止まっていた六分間のうちに、205教室で起きた惨劇を目撃したんじゃないかって。さらに、彼女が立ち止まり始めた時刻が五時十二分だったことが、あなたの使ったアリバイトリックの存在に気づかせてくれた」 「アリバイトリックか」  クツクツと羽柴は喉の奥で不気味な笑い声を立てた。 「そんな高尚なものでもないだろう、あの程度の小細工は。ふとした思いつきで実行してみたに過ぎないし、結局あの子に見られていたのだからなおのこと意味を為さなかった」 「それこそ偶然の産物でしょう。自分の立ち振る舞いは計算できても、他人の行動は予測できない。あの日、あの時間、有野が守衛室を訪ねることなんて有野本人以外には誰も知りようがなかったことだし、彼女がそうしていなかったら、俺はあなたが翼を殺したことに気づけないままだった。全部、偶然です。あるいは、あの日あなたが翼を殺そうと決めたことも」  羽柴は穏やかな微笑を浮かべ、「偶然か」とつぶやいた。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加