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 頭が真っ白になる。こうなるかもしれないと予測できていたはずなのに、ずっと太樹に優しかった羽柴に牙を剥かれたことをからだが理解してくれない。 「話したことがあっただろう。俺が国家公務員になった理由を」  頭上から降ってくる羽柴の言葉に、太樹は歯を食いしばりながら顔を上げた。  覚えている。羽柴には叶えたい理想の世界が存在し、そのために力を求めていると話してくれたことがあった。  彼の願いは、この世界の理不尽を正すこと。  理不尽に虐げられる人をゼロにするためのシステムを作り上げること。  彼は理想を実現させるために、翼を殺して自らが勇者となったというのか。  だとしたら、彼の目的は。 「魔王に、世界をつくり変えさせるつもりですか」  力の入らない足で立ち上がり、太樹はにらむように羽柴を見た。 「魔王のつくる世界が、あなたの理想?」 「そうではない。俺が望んだのは、魔王にこの世界を一度ゼロに戻してもらうことだ。ゼロに戻れば、一から新しいシステムを構築できる。自ら勇者となることを選んだのは、勇者に魔王を倒されてしまっては困るからだ。俺の願いを叶えるためには、魔王の力が必要だった」  魔王を倒そうとしていた勇者が、羽柴にとっては邪魔だった。  だから彼は翼を殺した。正しく勇者となろうとしてくれていた翼を。 「そんなことで」  怒りのあまり、声が震えた。 「あんたの理想のために、翼は死んだって言うのか」 「そうだ。なにか問題があるか?」  羽柴の冷めきった瞳が太樹を射貫く。 「今に始まったことではないだろう。どこの国でも似たような歴史をくり返していることはおまえも知っているとおりだ。理想の世界をつくるために人々は戦い、邪魔なものは徹底的に排除した。時には大国同士がぶつかり合い、強いほうが生き残って今に至る。わかるだろう。この世界は多くの犠牲の上に成り立っている。翼の死は、そのうちの一つにすぎないことだ」  反射的に床を蹴り、太樹は羽柴に向かって飛び出した。  握った拳を羽柴の顔面めがけて振るう。だが、渾身の一発はかすりもせず、羽柴は右腕一本で軽くいなし、バランスを崩した太樹のからだは羽柴の左足におもいきり蹴飛ばされた。  整然と並んでいた机のいくつかにぶつかりながら、太樹は教室の床に転がる。全身に強い痛みを感じ、背中を打ちつけたせいで息が詰まった。
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