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「殺すまでもないと思っていた時期もあったよ」  のろのろと上体を起こす太樹を相手に、羽柴はほとんど一方的に語った。 「あいつは知りたがっていた。きみの命を助けた上で、魔王だけを倒す方法を。そうやって悩み続けていてくれれば、俺はあいつを殺さずに済んだんだ。そんな都合のいい方法など存在しないし、きみに剣を向けることをためらえば、魔王が勇者をのみ込む未来に変わるかもしれないと思ったからな。翼がきみに依存するようになったことは極めて好都合だったよ。芽生えた友情が迷いを生み、勇者が敗北する未来に確実に近づけさせていた。だが、先日の加賀との電話で、あいつは加賀にこう言ったんだ」  ――魔王は倒すよ。それが太樹の願いだから。 「翼の心は次第に俺の目論見からはずれ始めた。きみの中に眠る魔王を倒すことこそきみを救うことになるのだという思考に翼はどんどん溺れていった。いかにスマートに、最小限の被害で魔王を倒すか。それだけを考えるようになっていった。俺にとって、これほど都合の悪いことはない。俺の理想を叶えるためには、あいつにきみを倒されてはならなかった」 「だからって」  倒れていない机の端に手をつきながら、太樹は痛むからだで立ち上がった。 「翼を殺していいことにはならない」 「では、きみは俺にどうしろと言うんだ。翼を殺し、俺が勇者にならなければこの世界は変わらない。魔王が再び眠りについたあとの世界が結局今の延長線上にしか存在し得ないのなら、俺の理想は永遠に叶わないままだ。叶う可能性と、そのために必要な力が目の前に転がっていると知りながら、みすみすチャンスを逃せと言うのか?」 「叶わないよ、あんたの願いは。自分勝手な欲望のために人を殺せるあんたが考えたシステムなんかに、世界から理不尽を消し去る力があるはずがない」 「自分勝手? バカを言うな。俺は誰よりも世界の平和を望んでいるし、人々がもっと心豊かに暮らせる未来をつくろうとしているのだぞ。『勇者の剣』の使い道は魔王を切り倒すことだけではない。魔王と対等に交渉するための武器にもなるんだ。やり方次第では、誰一人傷つけることなく、魔族と人類の共存を実現させることもできるだろう」 「それができないから今があるんだろ。あんたと同じ考え方をした人が過去に一人くらいはいたはずだ。それでも魔王は人類にとって絶対の敵で、何百年、何千年と倒され続けてきた。わかるだろ、先生。無理なんだよ、魔族と人類の共存は。魔王が復活したら最後、魔王を倒さない限り、人類は滅びるんだ」  交渉の余地などない。魔王は人類の話に耳を貸さない。相手がたとえ勇者であっても、魔王はただ自らの復活と魔族の復権をかけて戦い続けるだけなのだ。それがこの地球(テラ)の歴史であり、人類は種の生存のために魔王を倒し続けてきた。そうしなければ、人類は絶滅するとわかっていたから。  人類にとって、魔王は絶対に倒さなければならない相手なのだ。
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