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「なるほど。おまえの話にも一理あるな、鬼頭」  羽柴は少しも動じることなく、口もとに笑みさえ湛えている。 「ならば、試してダメならあきらめよう。なにもしないうちから無理だと決めつけるのはおもしろくないからな。それに、理想の実現に困難はつきものだ。なにごとにおいても」 「そうかもしれない。だけど、失敗したらあんたも死ぬんだぞ」 「わかっている。だが、どうせ死ぬのなら俺一人ではなく、人類そのものが滅んでしまったほうが潔い。この理不尽な世界で生きていくより、死後の世界で安らかに眠るほうがよほど楽かもしれないだろう? そしてそれは、他でもないきみの願いでもある。そうだろう、鬼頭?」  今回ばかりはなにも言い返せなかった。  毎日毎日、死にたいと願い続けてきた。周囲から忌み嫌われ、見えない壁の張りめぐらされた中で生きているより、いっそ死んでしまったほうが楽に違いない。ずっとそう思っていた。叶わない願いだとわかっていても、一刻も早く死にたかった。  でも、 「……違う」  今はもう、そんな風には思わない。 「死にたくない」  翼が教えてくれた。前向きに生きていく方法を。  怖がることなく、心を開いて、差し伸べられた手を取ることを。  その手の先に、優しい笑顔が待っていることを。 「翼は俺に生きることを望んでくれた。だから、もう死にたいなんて言わない。あいつの分まで、精いっぱい今を生きる。人類の未来も守る。それが翼の願いだから」  一年後、魔王として倒されるそのときまで、一人の人間としての人生をまっとうする。翼の死んだこの教室に入る前、太樹は自分自身に誓いを立てた。  無駄死にはしない。今という時間を大切に生きる。  死ぬときは、この世界を守って死ぬ。  翼との約束を果たせる者に『勇者の剣』を託して。 「俺を殺すつもりか」  羽柴がスラックスの右ポケットに手を入れた。 「廊下に美緒を待機させているだろう。さっきからどうも人の気配を感じて鬱陶しいのだが」 「どうかな。自分で確かめてみれば?」 「あいにくだが、きみから目をそらすつもりはない。魔王が相手の戦いでは一瞬の気の緩みが命取りになるからな」 「ずいぶん警戒してくれてるみたいだけど、本当に確かめてみたほうがいいですよ、先生。それに、あんたに見られていようがそうでなかろうが、俺にはあんたの動きを封じることなんて楽勝だから」 「そうだろうな。だが、だとしたらなぜ今この場で俺を取り押さえない? 簡単なのだろう、ならば今すぐきみの力を見せてみたらどうだ」 「俺だってできることならそうしたいよ。だけど、命令なんだ。魔力は使うなって」 「ほう、美緒がそんなことを」 「まったく、なにを考えてるんだか。俺にあんたを捕まえさせておけば話は早いのに、これじゃああんたを逃がしてあげてと言われてるようなもんだよ」  廊下から足を踏み直す無機質な音がかすかに聞こえた。ほんのわずかな身動きでさえ、この静謐な空間では不必要に大きく響いてしまう。  羽柴は不敵な笑みをこぼし、ポケットに入れていた右手を静かに抜いた。 「せっかくだ。きみたちの厚意に甘えさせてもらおうか」  その手に握られた小型拳銃が乾いた発砲音を高らかに鳴らした。銃口はまっすぐ太樹に向けられ、太樹はとっさに膝を折り、机の影に身を隠すように小さくなった。
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