3.

1/6
前へ
/103ページ
次へ

3.

「なるほど」  魔王の力がつくり出した巨大な土の壁を振り返り、羽柴は静かに口角を上げた。 「俺から逃げ場を奪ったわけか」 「当然でしょう。あなたには『勇者の剣』を返してもらわなくてはなりませんから」  美緒は銃をかまえ直す。作戦の第一段階はひとまずクリアだ。羽柴を物理的に囲い込み、一対一の戦いに持ち込めた。  こんなときでも、羽柴はそれがいつもの癖というように眼鏡のブリッジを押し上げた。 「あの男、ただの雇われ警備員ではなかったようだな」  武部のことを言っているらしい。答えてやる義理はなかったが、美緒は「えぇ」と返事をした。 「わたしも知りませんでした。武部さんは元陸上自衛隊員、それも特殊作戦隊員(レンジャー)の資格保持者です」 「ほう。どうりで銃の扱いに慣れているわけだ」 「射撃は得意だったそうですよ。なので、あなたをこの中庭へ誘い込む役目をお願いしました」  羽柴を相手に、校舎内で逃げ回られてはとても勝ち目はないと思った。ならばいっそ、戦いの舞台を校舎の外へ移してしまおうと考えた。  魔王の手を借りるのは癪だったが、この中庭は羽柴を閉じ込めておくのにうってつけの場所だった。すでに二つの校舎に囲まれているため、あとは東西に一本ずつ走る一階の渡り廊下さえふさいでしまえば逃げ場はなくなる。魔王の持つ魔力を使えば厚い壁をこしらえるなど造作もない。少し派手に魔力を使うことになるため、あの男には魔力をセーブするよう言い含めておいた。倒れて気を失われても、今は面倒を見てやれない。  逃げるなら廊下へ出るだろうと想定し、廊下にはあえて人の気配を漂わせた。戦闘経験豊富な羽柴ならすぐに廊下をふさがれていることには気づくだろうと考えた。当初は西本を待機させる予定だったが、彼は武器の扱いに不慣れで、本人も不安そうな顔をしていたのが気がかりだった。羽柴を確実に中庭へ誘い込むには、廊下から弾薬の雨を降らせ、窓を割って外へ飛び出すよう仕向けることが必須だった。  それでも美緒は渋る西本を説得して作戦を強行しようとしたが、思わぬ助っ人が名乗り出てくれた。いつから美緒たちの作戦会議を聞いていたのか、武部は「では、そのお役目は私が」と自身がかつて陸上自衛隊に所属し、レンジャーの特別訓練を受けた経験があることを明かし、西本の代わりに廊下から援護射撃をする役目を引き受けてくれたのだ。  おかげで作戦の第一段階は突破した。ここから先は、美緒の仕事だ。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加