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「無駄話をするつもりはありません」  美緒はかまえた銃口の照準を羽柴の額に合わせた。 「『勇者の剣』を返していただきます」 「返す?」  羽柴は右手に握る銃をかまえないまま口を開き、余裕があるのか笑みまで浮かべた。 「おまえが俺を殺すつもりか、美緒?」 「でなければ、このような舞台は用意しません」 「いいのか。俺を殺すということは、おまえに剣の所有権が移るんだぞ」 「わかっています。覚悟なら、とうにできていますから」  ――犯人は、羽柴先生。  頼みごとだと言われて魔王から手渡されたメモに、短くこう書かれていた。  ――先生を殺して、『勇者の剣』の継承者になってほしい。  簡単には受け止められない現実に加え、魔王の魂を宿したあの男は美緒にさらなる望みを託してきた。  ――あんたになら、殺されてもいい。  それはかつて、あの男が翼にかけた言葉だという。  魔王の化身として生まれながら、彼は誰よりも地球(テラ)の平和を願っていた。家族と翼以外には大切な人なんていない世界を、それでも彼は守ろうとした。壊れてしまわないようにと強く願った。  その願いを共有し、託していた翼を失い、彼の絶望はより深くなったことだろう。けれど彼は悲しみを乗り越え、己の力で『勇者の剣』のありかにたどり着いた。  背中を押したのは美緒だったかもしれない。けれど、彼の想いの強さは本物だった。  魔王でありながら、彼はこの星に明るい未来をもたらすことをあきらめなかった。それは翼の願いでもあり、彼は翼の遺志を正しく継いでくれる者を死に物狂いで探していた。  そして彼は、美緒を選んだ。  美緒の手に『勇者の剣』が渡れば、かつて翼と想いをかよわせたように、魔王と勇者がともにこの世界の平和を願える世の中に戻る。争いはなくなり、しかるべき時間(とき)がくれば、魔王は勇者によって倒され、消える。  ――叶えられるのはあんただけだ。あんたになら、安心してこの星をまかせられるよ。  言葉にこそしなかったけれど、あの短い文面からはしっかりとそう読み取れた。あの男と翼、二人の想いがこもった言葉。  二つの願いが重なり、共鳴し、美緒に力を与えてくれた。  怖い気持ちはもちろんある。だけど、ここで逃げたら、翼くんに笑われちゃう――。 『美緒さん、聞こえますか』  左耳に装着している超小型ワイヤレスイヤホンから西本の声が聞こえてきた。彼は今、学校の敷地の外、正門のゲートの向こう側にいる。 『先ほどの発砲について、警察に通報が入りました。機捜の到着までおよそ十五分。近隣住民も騒ぎ始めているようです。急いでください』  焦りを感じさせるような口調は、すでに西本が学校の外に集まり始めた近隣住民の対応に追われかけていることを伝えていた。警察が組織する初動捜査担当の機動捜査隊が来るまで十五分との報告は、同時に魔王対策チームの現場部隊がまもなく到着することを示している。美緒に与えられた時間はほとんどないと言っていい。 「別の覚悟も決めておいたほうがいいぞ、美緒」  羽柴はかけていた眼鏡をはずして放り投げると、右手に握った銃の先を美緒に向けた。 「おまえごときに倒されてやるほど、俺は優しい男ではない」  おまえを殺し、自らの理想を実現させる。言外に告げられた彼の想いは本気の証と受け取った。そうでなくては、今ごろこんなことにはなっていない。 「上等です」  美緒はトリガーにかけた指に力を込めた。 「手加減不要でお願いします」  羽柴めがけて、美緒のハンドガンが火を噴いた。
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