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「ご覧にならないのですか」
205教室の窓際の壁に背を預け、床に腰を下ろして静かにまぶたを閉じている太樹に、武部は窓の外の様子に目を向けたまま問いかけた。いつの間にか、中庭で鳴り響いていた銃声が止んでいた。
「どうなってます?」
「形勢は羽柴先生に傾いていますね。あの子……渡会さん、でしたか。羽柴先生から最初に銃を奪ったことはいい判断だったと思いますが、いかんせんあの体格差ですからね。接近戦では彼女が不利なのは明白でしょう」
武部の話によれば、美緒は一発目に羽柴の右手に握られていたハンドガンを狙い撃ち、その手から弾き飛ばしたという。だが羽柴は隠し持っていたもう一丁の銃を即座に左手に構え、発砲。連射された弾の一発は美緒の右肩をかすめたが、美緒は一瞬たりとも怯まず応戦し、撃ち返した銃弾は羽柴の左腕を抉った。
動きの鈍った羽柴に詰め寄りながら、美緒は確実に羽柴の左手の銃を撃ち、弾き飛ばす。弾が切れた自らの銃を手放すと、今度はナイフをその手に握り、羽柴との距離を一気に詰めた。
地を蹴って飛び上がり、振りかぶったナイフを羽柴の首もとめがけて勢いよく振り下ろす。羽柴はほとんど右腕一本で美緒の攻撃をいなし、目にも止まらぬ速さで美緒を地面に伏せさせた。
うつ伏せ状態でうめく美緒の右手を羽柴は容赦なく踏みつけ、ナイフから手を離させる。転がったナイフを二の腕から流れ出した血で染まる左手でつかむと、美緒のからだを強引に仰向けへと転回させた。
羽柴の振りかぶった左手を、美緒は両手で受け止める。負傷しているはずの左手でも、からだの大きい羽柴のほうが力が強く、ナイフの切っ先はじりじりと美緒の首もとへと近づいていく。
「よろしいのですか」
武部はまだ座り込んだままの太樹を見やる。
「このままでは、愛しの彼女が負けてしまいます」
愛しの? にらむように顔を上げると、武部の穏やかな笑みが降ってきた。よからぬ勘違いをされているらしい。
腹に力を入れ、ゆっくりと腰を持ち上げる。全身が石のように重い。なんとか立ち上がれたものの、頭痛がひどくてふらついた。
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