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「大丈夫ですか」  武部が肩を支えてくれた。太樹は大きく息をしながら窓枠に手をやり、どうにか自分の足で立つ。中庭の様子に目をやると、仰向けに倒された美緒に武部が馬乗りになり、ナイフで美緒の首を狙っていた。  美緒は両手で武部の振りかぶるナイフをつかみ、腕を振るわせながら必死に抵抗を試みているが、力で押し切られるのは時間の問題だろう。一分と待たず、美緒の仕掛けたこの戦いには決着がつく。 「……なにやってんだ」  別に愛しくはないが、あの子に負けてもらっては困る。太樹のためにも、翼のためにも。  太樹は取っ組み合う美緒と羽柴に向かって右手を伸ばした。とりあえず美緒から羽柴を引き剥がすことで危機は脱せる。  やりたいことを頭の中でイメージし、魔力を解き放とうとしたが、太樹を引き留めるように武部が太樹の右手に自らの手を重ねた。 「私が」  いつの間にか、武部の肩には西本が貸してくれたというスナイパーライフルが構えられていた。右の人差し指をトリガーにかけ、片目を瞑って狙いを定めると、彼は迷うことなく引き金を引いた。  乾いた銃声が、土の壁と校舎の外壁の間で反響する。放たれた弾丸は倒れる美緒のすぐ左に撃ち込まれ、こちらに背を向けていた羽柴が反射的に太樹たちを振り返った。  武部のつくり出した一瞬の隙を逃すことなく、美緒は羽柴の左腕をひねりながら地面にたたきつけ、ナイフを取り落とさせた。羽柴は腕を取られた勢いで地面に倒れたが、すばやい受け身で片膝立ちの姿勢を取り戻す。その間に美緒は羽柴の手からこぼれたナイフを取り戻し、羽柴と距離を取って立ち上がった。  そのまま羽柴とやり合うのかと思ったが、美緒は羽柴にナイフの先を向けたまま、本館二階の太樹と武部に向かって吠えた。 「手出し無用と言ったはずです」 「殺されかけてたヤツが言えたことかよ」 「余計なお世話です!」  美緒はナイフを握り直し、視線を羽柴へと戻した。 「まだまだこれからですよ」  その自信はいったいどこから湧いてくるのか、美緒は再び羽柴との戦いへと戻っていく。まるで互いのくり出す技を事前に組んだ殺陣(たて)の演技を見せられているかのように、美緒も羽柴も一分(いちぶ)の無駄もない動きで相手に攻撃を仕掛けている。  だが、美緒の劣勢は変わらなかった。体術にも長けた羽柴は美緒の攻撃をほとんど見切っているようで、美緒にそのつもりはなくても彼女の握るナイフはただやみくもに振り回されているようにしか見えない。  それでも彼女は攻撃の手を止めなかった。もちろん、羽柴の手の上で踊らされていることを彼女は誰よりも深く理解している。  だからといって、立ち止まるような少女ではない。それは太樹が一番よくわかっている。この二日間、ずっと彼女のことを見てきた。  願いを叶えるためならば、彼女は決して歩みを止めない。たとえ全世界が敵に回っても、彼女は彼女の信じた道を進み続ける。  彼女の願いは、翼の敵を討つこと。翼の望みを叶えること。  翼の代わりに勇者となり、太樹の中に眠る魔王と正しく向き合い、倒すこと。  羽柴との戦いは、そのための前哨戦だと彼女は言った。格上の羽柴を倒すことができてはじめて、翼の代わりに勇者を名乗る資格を得るのだと。魔王対策チームにこの戦いのことを伏せた上、意地でも太樹の手を借りようとしないのは、彼女なりのけじめのつけ方だと受け取った。彼女一人で乗り越えなければ、望んだ未来は手に入らない。
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