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 羽柴が美緒を蹴り飛ばし、美緒は小さな悲鳴を上げながら後方へ吹っ飛ばされた。からだごと地面を転がった拍子に手からナイフがこぼれ落ちる。  羽柴も息が上がっていたが、足の動きはまだまだ軽快だった。美緒が起き上がるより早く、彼は先ほど美緒の放った銃弾に弾き飛ばされた小型の拳銃を拾いに走る。  駆けながら身を屈め、羽柴は銃を拾い上げた。そのまま構えて美緒を狙うかと思われたが、羽柴は足の動きを緩め、音もなく土の壁の前で立ち止まった。 「強くなったな、美緒」  歯を食いしばりながら必死に立ち上がろうとする美緒にそう言い、羽柴は勝ち誇ったような笑みを口もとに湛えた。 「だが、残念ながら俺の勝ちだ。翼の代わりに勇者になるつもりだったのだろうが、おまえの願いは叶わない」  右手に提げていた銃を持ち上げた羽柴は、銃口を自らのこめかみに押し当てた。  今だ――。太樹は右手を羽柴に向かって伸ばし、魔力を放った。  銃を握る羽柴の右手が石のように固まる。羽柴の表情が驚きと怒りに満ちていき、「くそ」とこぼしながら自由な左手で固まったまま下ろした右手から銃を引き剥がそうとし始めた。 「鬼頭くん」  隣に立つ武部が、太樹にハンドガンを差し出した。太樹は受け取り、中庭の美緒に向かってそれを優しく放り投げた。  事はすべて、美緒の想定したとおりに展開していた。  手練(てだ)れの羽柴を美緒一人で仕留められると彼女は最初から考えていなかった。苦戦を()いられ、あるいは逆にやられてしまうかもしれないと思っていたくらいだった。  羽柴の思考についても美緒はある程度予想できていた。魔力によって出入り口をふさぐことで彼を捕縛したも同然の状況になるにはなるが、一方で彼を心理的に追い詰めることにもなる。  追い詰められれば、人は強硬手段に出やすくなる。羽柴の場合、ある手段で『勇者の剣』が美緒の手に渡ることを阻止しようとするはずだと美緒は読んだ。  自殺だ。太樹たちがなんとしてでも食い止めなければならないのは、羽柴が自ら命を絶つこと。  羽柴には家族がいない。『勇者の剣』は血縁者に受け継がれるのが原則で、例外は所有者が他者の手によってその命を奪われる場合だ。  では、所有者が自殺をしたときはどうなるか。これについては過去のデータがないという。羽柴のもとを離れた『勇者の剣』が誰の手に渡るのか、あるいは消滅してしまうのか。いずれにせよ、一年後に迫る魔王の復活という危機に立ち向かう唯一の力を人類は失いかねない状況になることは間違いない。  羽柴がそれを狙うだろうというのが美緒の予想だった。殺人を犯してまで勇者になりたがった男が、かつてチームの人間として独り立ちできるよう育てた美緒の手に剣が握られることを良しとするはずがない。彼の狙いがなにであったとしても、人類の支配する地球(テラ)の存続を彼が望まないことは明白であり、魔王の復活を許さない美緒たちチームの人間が勇者となる未来はなんとしてでも避けようとするはずで、そのために羽柴が取り得る手段は自殺の他に考えられない。  だから美緒は、事前に太樹に吹き込んでおいた。もしも羽柴が自殺に走ろうとし、美緒にそれが止められそうにないときは、どんな方法でもかまわない、羽柴のことを止めてほしいと。  翼の願いは、絶対に叶えなければならないのだと。 「撃て、美緒!」  校舎の二階から中庭へ、太樹の(ほう)った銃と言葉がまっすぐ美緒のもとへと舞う。 「翼の願いは、あんたが叶えろ!」  結局のところ、翼の願いを叶えられるのは新たに勇者となる者だけだ。  彼女以外に、適任者がいるはずもない。  美緒の右手が、太樹からのパスを受け止める。美緒は迷いなく銃の安全装置をはずした。 「言われなくても」  銃口が羽柴に向けられる。的が定まるよう、太樹は魔力で羽柴の全身を硬直させた。  乾いた銃声が鳴り響く。弾は一直線に羽柴の左胸を貫いた。  羽柴が仰向けに倒れた中庭で、砂ぼこりが立ち上がる。銃声の残響も耳を離れ、四方を高い壁に囲まれた戦いの舞台は静寂に包まれた。
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