終章

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『ねぇ太樹、今年の夏休みは京都(キョート)に行かない?』 『京都? なんでまた急に』 『この前テレビで見たんだけど、新しくできたパフェのお店が評判なんだって』 『またスイーツか。そんなことだろうとは思ったけど』 『いいでしょ。行こうよ。京都なら他にも観光できるところは多いし』 『俺はかまわないけど、あの子が許さないんじゃないの。ほら、なんだっけ。おまえの幼馴染みの』 『あぁ、美緒のこと? いいよ、あいつのことは放っておいて』 『だけど、怒られるんだろ、俺とつるんでると』 『まぁね。でも、いい。だって僕は――』  夢の中で、ずっと翼と一緒にいた。  交わした会話、行った場所、一緒に見た風景。思い出深いできごとがたくさんあるわけではなかったけれど、翼と同じ時間を過ごせたことがなによりの幸せだったのだと改めて思う。  自宅のベッドの上で太樹が目を覚ましたときには、すべてのことが終わっていた。  枕もとにスマートフォンが置かれていたが、電源が落ちていた。充電器につなぎ、少し待ってから電源を入れると、あれからすでに三日が経っていることに驚いた。魔力を大量放出したとはいえ、これほど長く眠り続けていたのははじめてだった。あきらかに眠りすぎているのにからだが疲れている感じもなく、むしろあり余る活力に満ちている。我ながら、気味が悪い。  太樹が目覚めたとの連絡を受け、西本が見舞いに訪れた。彼から聞かされた話では、事件は首謀者・羽柴良輔の自殺という形で幕引きとなったらしい。捜査機関への根回しについては西本が一手に引き受けたそうで、太樹、美緒、武部による発砲その他の戦闘行為はなかったことにしてもらえたようだ。  一方、美緒のほうはかなり大変だったらしい。仮にも政府の魔王対策チームに所属する職員であるにもかかわらず、チームに無断で羽柴を討ち、あろうことか自ら勇者となった美緒の行動を咎める向きが大多数だったという。  それでも美緒は毅然とした態度を崩すことなく、チームの大人たちの前で言ったそうだ。「翼くんの真の願いを叶えられるのは、わたしと、魔王の容れ物であるあの人だけです。わたしを勇者の座から引きずり下ろすということは、あなたたちはこれまで勇者として国のために尽力してくれた翼くんの死を軽視するという意思を表明し、明城家、および我が渡会家を敵に回すということになりますが、よろしいですか」。翼の生まれた明城家は特に、勇者の生まれる家として政府から手厚い保護を受ける一方で、財の多くを魔王対策チームの運営費として提供するパトロンでもあるのだという。つまり、チームが美緒を受け入れないということは、資金源を失い、チームの存続そのものが危うくなるということらしい。少々手荒な方法ではあったが、美緒は勇者としての地位をどうにかこうにか死守したそうだ。  今後もこれまでどおり普通の生活を送るようにと太樹に告げ、西本は「では、またどこかで」と笑顔で挨拶をして帰っていった。平日の正午を少し回った今、彼は残り半日を忙しなく過ごすことだろう。  俺はどうするかな、と迷ったが、太樹も午後の授業を受けに行くことにした。あの子は来ているだろうかと、美緒のことを考えながら準備をし、家を出た。
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