終章

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 昼休み中だというのに、私立首都学園高校の校舎内は騒がしさとは無縁だった。定期テストまであと二日だというのに、また少し登校する生徒が減ったように思う。  ホームルームである207教室へ向かう前に、北館の108教室を訪ねてみる。室内を覗くと、自分の席にひとりぼっちでスマートフォンを操作している美緒の姿を見つけた。 「美緒」  名前を呼ぶと、トレードマークのポニーテールのてっぺんでピンク色のリボンが揺れた。顔を上げると、美緒は早足で廊下へ出てきてくれた。 「ずいぶんよく眠っていましたね」 「あぁ、自分でもびっくりだよ」 「体調は?」 「その質問に意味がないことを知ってて訊いてるのか」  ですね、と美緒は涼しい目をしてうなずき、「それで」と太樹に先を促す。 「なにかご用でしょうか」 「礼を言いに来たんだ。あれ以来、あんたとはまともに話せてなかったから」  気持ち背筋を伸ばし、太樹は美緒の目を見て微笑んだ。 「ありがとう。あんたのおかげでなんとか立ち直れそうだよ」  美緒と出会えていなかったら、翼を失った悲しみから立ち直れる日は来なかっただろう。こんなにも清々しい気持ちでいられるのは間違いなく美緒のおかげだ。翼がいない現実は変わらないし、痛みは一生消えないけれど、それでも今を前向きに生きようと思えている。翼の分まで、精いっぱい笑って。  どこまで行っても暗闇ばかりだと思っていた。でも、そうじゃないことが今はわかる。  ふさぎ込んでいても始まらない。現状を打開するには、自ら行動しなければダメだ。  美緒と翼に教えてもらった。これからは、もう少しだけ高校生らしく生きてみる。残り一年、人間らしく生きてみる。  そうすれば、なにかが変わるかもしれない。変わらないとあきらめて、逃げるために死を選ぼうとしていた頃とは違う未来が来るかもしれない。  期待はしない。でも、絶対に顔を下げはしない。  あとのことは美緒にまかせておけばいいのだから。彼女なら、きっと立派にこの世界を守り抜いてくれる。  美緒はじっと太樹の目を見つめ返し、やがて静かに口を開いた。
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