Ⅲ 人魚の美貌には相応の礼節を

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「……ん? あ、おい! なにしやがんだ!?」  なんと、腰に挿していたナイフを引き抜くと、五芒星を構成する縄の一本を切りやがったのだ!  慌てて声をあげるもその(はじ)から、形を損なった魔法円はラアアエエ魔術の効力を失う。 「キィィィーッ…!」  その隙を人魚も見逃さず、再び金切り声を響かせたかと思いきや、さっさと入江から出て行ってしまう。 「クソっ! こうなりゃ奥の手だ……」  逃げゆく人魚に、俺は投網を放り出して腰へ手をやると、下げていた燧石(フリントロック)式マスケット短銃を今度は手に取る。魔物に効く銀の弾丸が仕込んである俺の虎の子だ。  せっかくの好機(チャンス)、こうなりゃ生捕りを諦めても逃す手はねえ……。 「キィィィィィーッ…!」 「こいつを喰らいやがれっ!」  もう一度、高く飛び跳ねた瞬間、俺は狙いを定めて短銃の引鉄(ひきがね)をひく。  ……だが、パーン…! と渇いた銃声を夜の海に響かせたものの、銀の弾は見事に獲物を外した。 「チッ…! おい! なに考えてやがんだ!? まだ人魚の歌声に惑わされてんのか!?」  俺は舌打ちをすると、いまだ海に浸かったままのエーリクに苛立たしげな声をあげる。 「いや違う! ……ああいや、そうなのかもしれない……あんたも見ただろ? あんな美しい生き物は他にいない……彼女は神の創られし最高傑作。人がどうこうしていいような存在じゃないんだ……」  だが、一度きっぱりと否定した後、すぐに頷いてみせたりして、すっかりその美しさに魅了されちまっているみてえだ。
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