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「……あっ!?」
すると、やや沖合へといった所に、すっぽんぽんの若い乙女が半身を海面上に出して浮かんでいる。
赤味を帯びた金の髪におそろしく蒼白い肌をしているが、涼やかな眼をしたけっこうな美人さんだ。
「…ララーララ〜ララーララ〜…」
「お、おい、あれってほんとに人魚じゃねえか!?」
俺はいつになく興奮気味に、やはりそちらを窺っているエーリクへと声をかける。
「……なんて美しい声なんだ……ああ、今、そっちへ行くから待っててくれ……」
だが、どうにもエーリクの様子がおかしい……俺の声も聞こえていねえらしく、何やらブツブツ呟きながら海の方へ歩いていっている。
「おい、どうしたんだよ? まさか、人魚の歌に惑わされちまったんじゃねえだろうな?」
「……美しい歌だ……それに、君もなんて美しいんだ……」
なおもエーリクは歩みを止めることなく、俺が訝しがってる内にもどんどん海の中へ入って行っちまう。
「おい! 止まれ! しっかりしろエーリク! ……クソ! 完全にイっちまってやがる……」
俺も慌てて海へ飛び込むと、辛うじてまだ下半身しか浸っていない浅瀬でエーリクにしがみついて止めた。
「離してくれ……彼女のもとへ行かせてくれ……」
「…ララーララ〜ララーララ〜…」
それでも突き進もうとするエーリクを冷たい瞳で真っ直ぐに見つめながら、乙女はなおも歌を唄い続けている。
「ヤベえな……なんとか正気に戻さねえと……」
しかし、なんでこいつだけ惑わされて俺は無事なんだ? ……そうか。もしかしてシグザンド写本の……。
その不可解な差について疑問を抱く俺だったが、少し考えるとすぐにその答えに思い至る。
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