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大きな声じゃ言えねえが、俺が魔物や悪霊相手に商売やっていられるのには秘密がある……じつは、ご禁制の魔導書を密かに所持しているのだ。
魔導書……それは、この世の森羅万象を司る悪魔を召喚し、使役することで様々な事象を思い通りに操るための魔術の書だ。
だが、その強大な力から教会や各国の王権によって、無許可での所持・使用が厳しく禁じられている。いわゆる〝禁書〟ってやつだな。
とはいえ、いくらお上が禁じようがこんな便利なもん、使わねえ手はねえ……裏の市場じゃ非合法に取り引きされているし、かくいう俺もそんなのを購入した口だが、その買った魔導書『シグザンド写本(巻末付録『サアアマアア典儀』付き)』ってのがちょっとばかし変わった品で、古代異教の〝ラアアエエ魔術〟を元にしたこいつは魔物を封じたり、追い払ったりするのに特化している。
無論、今日もそいつを懐に忍ばせているんで、おそらくはその力で歌声の魔力を遠ざけているんだろう。
「そうとわかりゃあ……おい! エーリク! 目を醒ましやがれ!」
俺は急いで『シグザンド写本』を取り出すと、鼻の下の伸びたエーリクの顔にそいつを押し付けてやる。
「……ハッ! お、俺はいったい……うわっ! なんで海の中!?」
「ようやくまともになりやがったか……やい! 人魚だか幽霊だか知らねえが、てめえの術はもう通用しねえぜ!」
我に返って驚くエーリクの傍ら、今度は乙女に見せつけるようにして魔導書を前方へと掲げてみせる。
「キィィィィィィーッ…!」
すると、乙女は突然、耳障りな金切り声をあげてその場を逃げ出した。
瞬間、パシャン…と海面から水飛沫が上がり、人間の脚くらいはあろうかという大きな魚の尾鰭が、銀色の鱗を陽光に輝かせて波間に翻る。
「幽霊じゃなく、ほんとに人魚の方だったか……」
そのまま乙女は海の中に消えちまったが、俺はこの目で、確かに人魚がいるのを目撃した。
「……に、人魚だ! やっぱり人魚はいたんだ!」
惚けていたらエーリクも今のはしっかり見ていたらしく、なにを今更という感じだが驚いている。
「ま、なにはともあれ、これで確かにいることはわかった……てなわけで、さっそく捕えるための罠でも張るとするか……」
今の『シグザンド写本』に対する反応を見て、すでに俺の頭の中にはある作戦が浮かんでいる……目をまん丸く見開いたエーリクにそう告げると、俺は口元を愉しげに歪めてみせた──。
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