Ⅲ 人魚の美貌には相応の礼節を

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「…ララーララ〜ララーララ〜…」 「…! 来やがった!」  と、景色に見惚れて油断していたところへ、あの歌声がまたしても聞こえてきた。  沖の方へ目をやると、銀色の海にそれらしき女の影も浮かんでいる。 「ひいっ…!」  その美しくも恐ろしい歌声に、船上のエーリクは慌てて耳を手で塞ぐ……が、そんなことで人魚の魔力からは逃れられねえようだ。 「……やっぱり美しい……ほんとに、なんて美しい声なんだ……」  今度も歌声に惑わされると、虚ろな瞳をしたエーリクはドボン…と小舟から海へ飛び込んでしまう。  だが、それを見ても俺は慌てねえし、ヤツに結びつけたロープを引っ張ることもねえ……じつをいうと、エーリクが海中に落ちるとこまでが本当のおとりとしての役割だ。  そうじゃねえと、人魚が食いついて入江まで入ってこねえからな。 「キィィィーッ…!」  俺の目論見通り、奇妙な鳴き声を発した人魚は海中へ潜り、水面に浮かぶ獲物めがけてまっすぐ入江へと泳いでくる……。 「よし! 今だ! ラアアエエの魔術によりて我は汝に命ずる! 邪悪なる魔物よ! 俺様に服従しやがれ!」  その好機を俺は見逃さねえ……身を隠していた岩の影から立ち上がると、俺は『シグザンド写本』を頭上に掲げて呪文を唱える。 「ギャアアアアーッ…!」  すると、岩を繋いだ円と星形のロープ、そして白墨で描いた三日月形が青白く輝きだし、入江でエーリクを襲おうとしていた人魚は海面から顔を出して苦悶の雄叫びをあげる。 「……ハッ! ぷはっ…! な、なんだ? また海の中!?」  と同時にエーリクも我を取り戻し、うっかり海水を飲み込みながら大いに慌てふためいている。ヤツも魔法円の力で術が解けたみてえだ。
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