リドルは駆ける

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 ***  王様とお后様は、たった一人の王子のことを大層可愛がっていた。しかし、彼はこの王国唯一の跡取りである。駄目なことは駄目と伝えるべきであるし、何より甘やかしてばかりいては彼の為にならない。  子犬をもらってきた最大の目的は、王子に命の大切さを教えるためだ、と王様はそう告げたのだった。 「いいか、クォール。命を預かった以上、お前はリドルの親も同然。ご飯をあげて、散歩をするだけじゃない。具合が悪かったら病院に連れてやり、トイレの始末をしっかりし、寂しがっていたら一緒に寝てやり、体が汚れていたらちゃんと洗ってやるんだ。そして、悪いこをとしたらちゃんと叱ってやらねばならない。できるな?」 「もちろんだよ。僕、頑張るよ!」 「いい子だ。犬は、とても賢い生き物だ。愛してやれば同じだけ愛を返してくれる。守ってやれば同じだけ守ってくれる。恩も仇も、この子はけして忘れない。リドルに愛してもらえるように、お前もいっぱいこの子を愛してやるんだぞ」 「はい!」  王子は、リドルと一緒に成長していった。最初は自由奔放なリドルに振り回され、リードを持って引きずられるようなこともあったが――次第にリドルの方も力加減を学んでいったのだろう。引っ張られすぎて怪我をしたり、あま噛みをやりすぎて王子に痛い思いをさせることもなくなっていったのだった。  何より、リドルはクォールの目から見ても大変物覚えの良い犬であったのである。彼は、一度駄目と言われたことはきっちり覚えていて守り抜いた。入るな、と言われたフロアに無断で入ることはせず、棚を壊したのも電話を壊したのも一度だけだった。  そして何より、彼もまた王子のことを最愛の友と認めてくれていたように思うのである。王子が学校の先生に叱られて泣いている時、彼はいつも寄り添ってくれた。嬉しいことがあると一緒に飛び跳ねて喜んでくれた。お后様の言うことが納得できずにふてくされている時も、彼は隣で一番に王子の味方をしてくれたのである。  クォールがリドルを、命と同じくらい大切な存在と思うようになるまで、さほど時間はかからなかった。  そして、リドルが一歳の誕生日を迎えた、その日のこと。不思議な出来事が起きたのである。 「ううううううううう、わう、わうわうわうわう!」  リドルが、いつもの散歩コースを通りたがらなかった。小さな国の小さな王都。治安は悪くないし、王様もお后様も護衛をつけずにふらふら歩いていてもおかしくないような国である。  川沿いの道をぐるっと回って、畑の道と町中を通って戻るコース。しかし彼は、川沿いの道に入ろうとしたところで強烈な“拒否犬”モードに入ってしまったのだった。 「どうしたんだよ、リドル!そっち行きたくないの!?いつもの道なのに……」 「わうわうわうわう、ばふばふ、ううううううううううううう!」 「わ、わかったわかった!唸らないで、怖いよ!?」  一歳になる頃、彼はとても大きなもふもふ犬に成長していた。七歳の子供では、とてもだっこなんてできないほどに。その彼が、本気でリードを引っ張って抵抗するとあれば、僕も言うことを聞かせるなんてできない。  その日は渋々、別の道を通って散歩を終わらせたのである。その結果。 「え!?あの川に、熊が出たの!?」 「そうなの。町の人が三人も怪我をしたって……」  翌日、お后様からそのニュースを聞いて仰天することに。  あの川の上流は森に繋がっている。森から熊が出てきて、町の人と遭遇して大怪我をさせてしまったらしい。しかも、丁度王子がリドルとともに散歩しようとしていた時間帯である。  もし、王子がいつも通りのルートを強行していたら。怪我をする、どころでは済まなかったかもしれないのだ。 「り、リドルお前、それがわかっていたの?」 「わん……」  そうだよ、と言うように。足元でおすわりをしていたリドルは、一声吠えてみせたのだった。
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