ビーナス

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ビーナス

「お嬢ちゃん。ボールは届くのか」 「ここはアイドルのライブステージじゃないんだぞ。さっさと帰れ」  三塁側のジャガーズ応援団からは口汚いヤジが飛び交った。 「ビーナス、ビーナス、ビーナス」  対する一塁側の私設応援団からはビーナスコールが響いた。 『まさに両軍とも死力を尽くしての応援だ。エース渡瀬を打ちあぐねていたジャガーズは九回、ついに一打逆転のチャンスです』  アナウンサーの実況にも熱が入った。 『ワイルドビーナスは鳴り物入りで東京F(フェニックス)に入団したものの、ジャガーズとのオープン戦では散々な結果でした。序盤の三回までは完璧(パーフェクト)でしたが、二巡目に入ると得意のナックルが変化せず、四回途中、八失点でKOされました。解説の神条(しんじょう)さん。いかがでしょうか』  実況アナが解説者に訊いた。 『ええ、ナックルボーラは指でボールを弾くようにして投げるので疲れると握力が無くなって変化しなくなりますから。やはり彼女(ビーナス)の場合、スタミナが問題でしょうねえェ』 『なるほど。しかし短いワンポイントや中継ぎ、救援投手(クローザー)なら任せられるのでしょうか?』 『ええェ、しかし次の打者は天才、若王子(プリンス)ですからね』 『ハイ、ジャガーズの三番、若王子(プリンス)がバッターボックスに入りました。途端に三塁側の女性応援団から黄色い悲鳴のような歓声が響いてきました』  ジャガーズの若き天才バッター若王子が打席についた。 「キャーップリンス」  私設応援団の女性ファンが歓声を上げた。まさにアイドルのようなイケメンだ。 『若王子のここ最近五試合の打率は驚異の七割越え。ホームランも六本と量産中です。まさに手のつけられないほど当たっています。果たしてワイルドビーナスのナックルを打ち砕く事ができるか』  ビーナスはマウンドでロージンバッグをポンポンと弄んだ。白いロージンがかすかに風に流されていく。 「フッ」  仮面美少女ワイルドビーナスが微笑んだ。ゆっくりと華麗なアンダースローから投球練習を始めた。
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