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こうして勇者達は、タルを壊す生活に埋没した。街中に破壊の風を巻き起こし、目ぼしい物が無くなったと知れば、よその街へ移る。それの繰り返しだ。
まるでイナゴの災厄にも似た動き。勇者の手による奇行は、津々浦々で目撃される事となる。
例えば、とある片田舎にて。
「あっ、勇者様! いつぞやは不埒な悪魔ことオイルマンを封印していただき、ありがとうござい――」
「悪いなお嬢さん。お喋りしてる暇は無いんだ!」
「えっあの、勇者様!? どうしてタルを!」
ロボリクスたちの破壊工作は、時が経つにつれて合理的になった。まずサーラが探知魔法でタルの位置を認知、それをロボリクスが壊して回り、サトゥルがホコリを受け取る。
そうして両手1杯分の量が集まるのだが、大半は廃棄である。サトゥルが作成した薬品を振りかけ、青く染まった部分のみ抽出。残りはそこら辺に捨てる。
そんな作業をひたすら延々と繰り返した。魔王軍などそっちのけ。一日たりとて休まぬという勤勉ぷりだが、その生真面目さが裏目に出た。
一般市民の不満が、急速に高まったのである。
「おい、突然勇者が来て、店のタルをぶっ壊したんだが!?」
「ほんと困ったもんだよ。魔物の討伐はしないし、物を壊して回るし。どうかしちまったのかい?」
勇者の名声は地に落ちた。行く先々で向けられる視線も、酷く冷たいものとなっている。ロボリクスは心当たりがある手前、抗弁など出来ようもない。ただただ、コソドロの様に退散するばかりである。
「クソッ。まるでお尋ね者じゃねぇかよ」
「流石にやりすぎましたね。店や民家の中に踏み込んでまで、キッチリ丁寧に壊しましたから。屋外のだけに絞れば、多少はマシだったかも」
「仕方ないだろ。素材が全然足りてないんだから」
ロボリクスは革の小袋を揺すった。数ヶ月かけて、やっとこの量である。指定された分を集めきるのは、果たして何年、いや何十年後になるか、全く見通せなかった。
「サーラ。この量で何とかならないか?」
「何ともならない」
「正直言って、もうタルは諦めた方が良いぞ。全く足りてないとは思うが、これで作ってくれよ」
「無理なものは無理。だけど、ブーストアイテムがあれば、出来なくもない」
「それはどんな物だ?」
「例えば、サトゥルが後生大事に隠し持ってる宝石とか」
「ハァ……!? じゃあもう解決じゃん!」
ロボリクスは手のひらを出して要求した。しかし、サトゥルは歯を剥いてまで拒絶を示す。
「嫌です、これだけは絶対に渡しません!」
「お前は状況がわかってないのか? もっとも、事情次第じゃオレも考え直すけど」
「これは財テクですよ。この世に2つとない、メチャクチャ高価な代物なんです。旅が終わったら店を開きたいんで、その資金に充てようと――」
「はい没収」
「うわっ、そんな酷い! 後で絶対お金払ってくださいよ、1ディナだって負けませんからね!」
「うるさいな。そんな話、世界を救った後にいくらでも聞いてやる」
ロボリクスは、宝石入りの小箱をサーラに手渡した。それからは、生成シーンだけを見ていた。少なくとも、涙目になってまで唸るサトゥルの方には、顔さえも向けない。
「精霊神よ、我ら大地の子が縋り、ここに願う」
サーラは静かに詠唱を唱えた。途端に風が吹き、彼女の金色の髪や、短いスカートが揺さぶられる。
ロボリクスに魔術の事は分からない。しかし、ただならぬ光景だとは理解できる。
これでようやく苦労が報われる。そう思って眺めていたのだが、様子は途端に怪しくなった。
「あまねく精霊達よ、奇跡の……。きせ、kikiss、奇跡の……」
「おい、どうしたんだサーラ?」
「ちょっと詠唱がうろ覚え。滅多に使わないヤツだから。参ったね」
「何だそれ。お前だけが頼りなんだぞ」
「ええと、あまねく精霊たちよ、精霊たちよ……。うーーん。あ〜〜その、ソイヤッほい!!」
「強引にやりやがった! 大丈夫かよ!?」
ここで辺りに閃光が駆け抜ける。それが止んだ頃、サーラの手のひらに一粒の宝石が舞い降りた。それは透明に蒼の混じる色味に染まり、眩いほどの光沢を持つ球体だ。見るものの心を奪うほどの美しさが、そこにあった。
他の宝珠と比べて遜色はない。見た目に関して言えば、であるが。
「これで出来たんだよな? 完成だよな?」
「まぁそこは、使ってみない事には」
「そりゃそうだ。早速試してみるか!」
善は急げとばかりに、聖剣の眠る『神の隠れ家』へと向かう。
剣は今も変わりがない。純白の台座に突き立ちながら、今代の主を待ちわびていた。
「頼むぞ色々と。タルを蹴って回る生活は、もう勘弁だからな!」
ロボリクスが柄を握りしめ、力を込める。すると腰の革袋が、鮮やかな光を帯び始めた。三種の宝珠が、役目を果たさんとばかりに輝くのだ。これには一同の期待も膨らんだ。
握る柄に力を込めて、引き上げていく。すると徐々に刀身が露わとなり、ついに、入手する事に成功した。
「よし、よしよし! やったぞお前ら!」
ロボリクスの胸に喜びが駆け抜けていく。それは、長年に渡って苦楽を共にした仲間たちも同様だ。
「いやぁ良かった! これで船を買い取るだとか散財をしなくて済みますね!」
「私も安心。術式が割と適当だったから。これで責任を取らされずに済む」
「お前らの目的意識!」
抱く想いは大同小異。ともかく、キーアイテムは手中に収めた。3人はその足で、荒野の魔王城へと赴いた。
「よし、まずは城門の突破だ。2人とも頼むぞ」
「バフポーションを振りかけました。お代は500ディナで良いですよ」
「プロテクトギア〜〜。これで、素早さはそのままに、鋼鉄並みの強度になった」
「助かる。後は任せろ」
「やったれ勇者さん! 100万パワーだ!」
全身を強化したロボリクスが、先陣を切った。光の筋を宿して駆け抜ける様は、さながら彗星のごとく。
そして鉄扉に向かい、渾身の技を放つ。
「吹っ飛べ魔王軍! 聖剣ソバット!!」
ロボリクスによる全力の飛び蹴りは、凄まじい威力だった。重厚な扉は力任せに弾け飛び、見るも無惨な穴が空いた。
これが100万パワーの破壊力だ。完全体となった勇者を止めることは、堅牢な城塞であっても叶わない。
「よし、突破するぞ!」
穴をくぐって突入する一行。妨害は全くない。先程ロボリクスが鉄扉を蹴りつけたことで、飛び散った無数の破片が魔王軍を蹂躙し、殲滅したためだ。
この攻撃には雑兵はもちろんのこと、5人の四天王までも為す術なし。全身に風穴を空けて落命したのだった。
「やっと着いたぞ、玉座の間だ!」
ロボリクス、ここでもソバットで蹴破った。扉に大穴が空き、室内を鋼鉄の破片が飛ぶ。
しかし、魔王に小細工は通用しない。その体に届くどころか、宙空で燃え尽き、塵となって消えてしまう。
「クックック。今代の勇者は酷く行儀が悪いな」
真っ赤な肌に、筋肉で膨れた体を揺さぶって笑う。魔王マッカダガヤの威風に、サトゥルやサーラは身をすくませた。
ただ唯一、勇者だけが勇ましく身構えた。中段に掲げられた聖剣も、存在を知らしめるかのように眩く煌めく。
「魔王。お前の悪行もこれまでだ!」
「来るか小僧。返り討ちだ、地獄の底へと送り届けてくれようぞ!」
「100万パワーを食らって眠りやがれ! 聖剣スラッシュ!」
ロボリクスは大きく振りかぶると、剣を一閃させた。狙うは首筋。斬り伏せて、弱ったところを封じる。それが作戦だった。
しかし渾身の剣撃は、魔王の爪によって止められた。いとも容易く、笑う余裕すら晒しつつ。
「なっ!? 技は完璧だったのに!」
「愚かなる勇者、いや矮小なる人間よ。このワシが封じられている間、何もせずに眠りこけていたと思うか?」
魔王は、両手の爪で交差するよう切り替えした。それで聖剣の刃は、その中心から折れてしまった。
「そんなバカな! これまで何度もお前を打ち倒してきた剣が、真っ二つになるだなんて!」
「笑止! 確かにかつてのワシは弱く、100万パワーがせいぜいだった。しかし、長い眠りに就く間、気まぐれに鍛えた結果、今や101万パワーに迫る強さを手に入れたのだ!」
「畜生! 卑怯だぞ、こっそり鍛えやがって!」
「クックック。これで目障り極まる勇者一門もお終いよ。聖剣を振り回すだけが能の、くだらぬ下等生物など敵にもならん。四肢を丁寧に切り分けた上で悶死させてくれるわ!」
「クソッ、諦めてたまるか! オレだけ魔王を倒せなかったら、皆に陰口を叩かれるだろうが!」
勇者には負けられない理由がある。それが彼に無限の力を与えた。
ロボリクスは、素手のまま突撃した。そして魔王の足を目掛けて蹴りを放つ。その動きは、タル壊しで慣らした動作である。
つまり、厳しい鍛錬を積み上げた一撃なのだ。
「食らえ、この野郎!」
「グハァッ! なんだ、この威力は! グキャァァァーー!!」
魔王は断末魔の叫びを響かせると、膝を折って倒れた。そして大きな体は霞となって消え、代わりに、拳大の宝石が残された。
「倒した……? だったら、これが魔王の核だな! 早く封印しなきゃ!」
ロボリクスは駆け寄ろうとしたのだが、その寸前で魔王の核は崩れた。小砂利のように粉々に砕けたかと思うと、儚くも虚空に消えてしまった。
「えっ、何が起きた……?」
「おめでとう勇者様。でかした」
「サーラ。今のはどういう事だ?」
「魔王は完全に消滅した。もう封印なんて必要ない」
「ということは、もう二度と魔王は蘇らないと?」
「今、そう言ったつもり」
「やった! オレはやったんだ、歴代最強だーー!」
玉座の間にロボリクスの雄叫びが響き渡る。すると、機を見計らったように、城が激しく揺れ始めた。やがて柱が、あるいは天井が崩れ落ちるようになった。
「ヤバい、崩壊するぞ!」
「逃げましょう勇者さん!」
頭上から瓦礫が落下したかと思えば、壁も崩れて逃走を阻む。彼らは命がけで駆けに駆けて、どうにか脱出に成功した。
その矢先の事だ。魔王城が瓦礫の山と化したのは。
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