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影を追う
ある夜更け、一人の老人が廃墟に佇んでいた。暗闇に、手に握るライトと、頭上に浮かぶ半月だけが、頼りなく光を注いでいる。
がさりと物音がして、老人は機敏にその方を見やった。
──なんだ、風か。
ため息の後、自身の落ち窪んだ目をこする。
最近は夜遅くに忍び込む若者が増えている。眠いが、これ以上荒らされぬように見張りを続けなければならない。
──さて、もう一回り。
老人はライトを握る手に力を込めて、再び歩き始める。
その時、彼の視界の端を一つの影が横切った。
──人、あれは人だ。間違いない。
慌てて視線とライトで、その黒い影を追う。するとほんの一瞬だけ、その姿を捉えることができた。あれは──青年だ。細長い手足の青年が、音もなく、軽やかな足取りで歩いている。ふんわりとした後頭部が小さく弾むように揺れていた。これまでの侵入者とは違う異質さを感じながらも、老人は声を張り上げた。
「おい!!」
しかし、影は反応を示さず、一つの建物の中に吸い込まれるように入っていった。見失わぬよう、老人も影を追いかけ、同じ建物に入っていく。『かがみのくに』と薄く文字が残っているこの建物は、所謂ミラーハウスだ。すでに多くの鏡が割られてしまっている。老人は慎重にライトを構え、鏡の破片を踏みしめながら、青年の姿を探した。
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