影を追う

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 ふっと、鏡に青年の姿が映り込む。しかし、追いかけるともう姿はない。今度は、後方の鏡に青年の姿が横切った。  老人は、消えては現れる青年の姿を追いかけた。ミラーハウスの中で、ガチャガチャと破片を踏む音が反響する。次第に息が切れ、苛立ちが募る。鏡に囲まれた異常な状況で、何もかもが分からなくなる。自分が今どの辺りに居るのか。どれが青年の虚像で、どれが実際の青年なのか。どれが自分の足音で、どれが彼の足音なのか。それでも老人は衝動のままに、怒号を飛ばしながら追い続ける。  青年は、老人の様子などどこ吹く風で、ずっと楽しそうに笑っている。 『ふふっ。ははっ』  その声が、嘲笑に聞こえ、神経を逆撫でた。老人は、青年が幽霊か何かではと訝しんでいたが、最早どうでもいい。幽霊でもなんでも、捕まえて、徹底的に詰めてやらないと気が済まない。老人は、走り、叫び続ける。 「待たんか!止まれ!」  その時、初めて呼応するように青年の声が響いた。 『待ってたんだよ、ずっと』 「何を言っとる!いいから、止まれ!」 『──やっとだ。もうすぐ、彼女に会える。嬉しいなぁ、嬉しいよね。本当に、嬉しい』  「何を寝ぼけたことを──」、言いながら老人は青年の手を掴もうとするが、それはやはり虚像で、鏡面に指を打ちつけた。苦痛に歪む表情。背後で、青年の影が笑う。 『ふふ、ははっ』    深夜の廃遊園地、朽ちかけたミラーハウスの中で、笑い声、怒声、足音──様々な音がけたたましく鳴り響き続いていた。
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