本編

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本編

 とあるローカル局勤務のドラマプロデューサー・サギヤマノリオにはひとつの口癖があった。それは、 「君は化ける、近いうちに必ず化ける!」  これを言う相手は、決まって若手のシナリオライターだった。サギヤマは三〇分もののドラマ番組を次々と企画しては、その脚本担当にデビューしたての若者ばかりを起用することで有名で、何かにつけて化ける化けると言っては彼らの仕事ぶりを称賛し、鼓舞して回っていた。  プロデューサーの職務とは人や金を集め、場を盛り上げ、ひとつのプロジェクトを完遂させることである。その意味では一見有能にも思えるが、実はひとつ落とし穴があった。というのもサギヤマという男、とにかく金を払わないのである。  作品が終わる度に大枚をはたいて打ち上げを開催しながら、一方で正式な報酬の話となるといつの間にか有耶無耶にされ、大抵はそのまま音信不通で逃げ切ってしまう。そしてまた別の若手を引っかけては「化ける、化ける」を連呼する。こんな具合だから、組んだ相手はほぼ例外なく一度っきりの使い捨て。金だけならまだしも、次の仕事にさえ繋がらない有様で、とにかく誰からもロクな噂を聞かなかった。  だがそんな中、ただひとり彼と繰り返し仕事をしている者がいた。ワカバカケルという二〇代前半の青年である。  彼は作品以外に興味がなく人付き合いも苦手という典型的作家タイプだったので、化ける化けるとおだてるサギヤマを懸命に信じながら彼のドラマの脚本を何作品も書き続けており、サギヤマも青年のそんな世間知らずにつけ込んではロクに金も払わないクセに次から次へと仕事をさせ、まるで恩人みたいな気分になっていた。  そんな中、ある日唐突にワカバ青年と連絡が取れなくなった。撮影隊に随行してきていたサギヤマは偶然、ロケ現場がワカバの自宅近くだったのを思い出し「ちょっと様子見てこい」とスタッフのひとりを軽い気持ちで使いにやらせた。が、程なくして、 「死んでます!」  スタッフがひどく青ざめた顔で慌てふためき戻ってきた。 「ドア叩いても反応なくて、鍵開いてたんで入ってみたら、倒れてピクリとも動かなくて、何度も確かめたけど心臓止まってるんです。死んでます!」  流石のサギヤマも、これにはいささか動揺した。すぐさま救急車が呼ばれてきてワカバは病院へと搬送されたが、時間を置かず正式に死亡が確認された。死因は極度の過労と栄養失調。撮影隊をはじめ現場周辺は騒然となった。  ドラマの制作中にその脚本家が亡くなる、という事件は人々の好奇の的となりサギヤマは思わず頭を抱えそうになったが、やがて誰一人予想もしなかった展開が起きた。  サギヤマが企画し、ワカバが脚本を書いた過去から現在に至るまでの一連の作品群が、一斉にまとめて脚光を浴びだしたのである。 『若手天才脚本家、早すぎる死に悲嘆の声続々』  そんな見出しで報じる地元メディアもあった。  ローカル局制作ということで注目され辛かったが、元来脚本の完成度自体は定評のあったワカバ青年である。遺作となった撮影中のドラマは放送前から視聴率増が見込まれたことでスポンサーが増え、局内では急遽過去作のリバイバル放送が決定、更にはこの機会に関連ドラマ全てを世界的なウェブ配信プラットフォームに乗せる案も浮上した。  こうして彼はいつの間にか『早逝した天才作家』として話題に化け、そしてまたサギヤマとテレビ局にとっては金のなる木に化けたのである。サギヤマは表向きでは将来有望なパートナーを亡くしたことに悲しむ様を演じつつも、内心では、 「まあ有名にしてやったんだ。あまり悪く思うなよ」  などと大して罪の意識も覚えずにいた。  ところが事件はこれで終わりではなかったのだ。  ドラマの撮影・編集が終わって後は放送を待つだけというある晩のこと。サギヤマは仕事がある程度段落したのもあって電気を落とし、局内のブースで寝こけていた。そんな彼の傍に、何の前触れもなく人影の様なものが浮かび上がったかと思うと、耳元にそっと囁きかけたのだ。 「……うらめしや」  サギヤマは寝ぼけ眼で声のした方を向き、遅れて恐怖に顔をひきつらせた。 「うらめしやぁ~ッ!」 「ヒィ……ッ!」  果たしてそれは、死後に化けて出たワカバ青年の幽霊だった。ただでさえテレビマンなんていうものは飲酒に喫煙、高カロリー食に慢性的睡眠不足と、不健康極まりない生活をしている。そこへ来て世にも恐ろしいものまで目撃してしまったから、不意のショックでサギヤマは心臓発作を起こし、瞬く間にくたばってしまった。  あるいはそれは、当然の様な顔で若者たちを使い潰してきた男にようやく下った天罰だったのかもしれない。  当然ながら、ドラマ関係者は元より局内全体は大混乱に陥った。辛うじて初回放送は終えたものの、脚本家どころかプロデューサーまでもが直前に急死する異常事態は、瞬く間に悪い意味で世間の注目を集め、呪われた番組などという者まで現れ始めた。  やがてこの機を逃す手はないと、かつてサギヤマに良いように使われた一人で、現在ではベテランとなっている脚本家がプロデューサーとしての彼の所業をウェブメディア相手にあけすけに暴露、話題の注目作扱いだったドラマの評価は一転して絵に描いた様な炎上状態へと様変わりしたのだった。  一連の騒動について、彼と付き合いの長いあるドラマスタッフは、声をひそめるようにしてこう証言する。 「いやあ、化ける化けるってあの人の口癖みたいなモンでしたけどね、まさかその本人が三流ゴシップに化けるだなんて、誰も予想してなかったですよ……」 (おわり)
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