37人が本棚に入れています
本棚に追加
「ふふふ、そうですね。でもこの格好も動きやすくていいんですよ」
「……それで、何で森の中?」
「ミハエル様から身を隠しているのです。私のことをとても心配して下さっているので、その内縁談も持ち込まれると思います。ですが、私は当分ここに一人で暮らしたいので」
「……未練があるわけじゃないんだな?」
ラオハルトは興味なさそうに自分の顎を触っていた。興味ないなら聞かなくていいのに、と思いながらも答える。
「ないですよ。ミハエル様は素敵な方でしたが、愛情はないので。しばらくのんびりしたいんです。ずっと妃教育で分刻みのスケジュールだったでしょう?」
「そうなるな、王子の相手となると」
「そういうわけで、しばらく隠れてのんびり暮らしたいんです。どうせ縁談も、おじいちゃんとか、よくておじさんとか、そんな気がするんですよねぇ」
ラオハルトは、けらけらと大口を開けて笑っている。
「おじさんはまだいいんですけど、さすがにおじいちゃんはイヤですし、できれば同世代がいい……つまり、もう結婚はできないかもしれません」
私は、薬草の周りに生えた雑草を抜きながら答えた。フィーノ様とラオハルトにはハーブティーを与え、切り株に座らせていた。
「もう婚約はこりごり?」
「いえいえ。今はのんびりしたいというだけのことです。今はというか、一生になるかもしれませんが」
私は力なく笑った。本気でそう思っていたのだ。
「そっか、ならよかった。トラウマになって、もう一生独身貫くぜ!とかだったらミハエルぶっ飛ばしに行こうかと思ったわ」
ラオハルトの言葉に思わず笑みが溢れるが、コホンっとすぐに頬の緩みを整えた。王子に対してあまりに失礼な口ぶりだ。
「お気持ちはありがたいですが、その口調はあまりに無礼ですよ」
「そうです、お止めください」
私とフィーノ様ににらまれて不機嫌になるラオハルト。
「へいへーい、わかりましたよ。……でもさ、ずっともらい手がいないなら俺がもらってやるから安心しなよ」
ラオハルトがにんまりと笑う。気休めでもうれしかった。狩人の妻も悪くない。ずっとこの森で、自給自足、悠々自適に暮らしていけそうな気がした。
そんなことを考えているとき遠くから馬の足音が聞こえた。
フィーノ様とラオハルトはすぐに身構えるが、ここに来る人物といえば、マーズデン家の護衛騎士パシオンくらいなものだ。よく手紙などを届けに来てくれるのだが、もうほとんど騎士の仕事はしていない。我が家の農作業に明け暮れていた。
案の定、パシオンだった。
「エマ様、お手紙をお持ちいたしました。王宮からなので急いで参ったしだいです」
フィーノ様とラオハルト、私たちの三人は顔を見合わせた。
最初のコメントを投稿しよう!