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「お怪我はありませんか」
「いえ……大丈夫です。ありがとうございます」
騎士の声は低いが穏やかで、やはり男性のものだった。
「何で夜にこんなとこ歩いてんだよ。危ねーだろ」
もう一人、狩人の格好をした男性が姿を現す。ずいぶん乱暴な言葉づかいだったが、最初に矢を放ってくれたのは彼だろう。彼にもお礼を言った。
「命拾いをしました。ありがとうございます」
狩人はふんっと満足気に笑った。
「何でこんなとこにいたんだ」
「あの、あまりに月が綺麗だったので夜道を散歩しておりまして」
「わざわざ森の中を?」
「森の中に住んでいるのです」
騎士と狩人が顔を見合わせる。
「森の中に?」
「はい。その前に申し遅れました。私はエマ・マーズデンと申します。マーズデン侯爵家の長女でございます」
「なるほど、何となく理解しました。私はピリナリア騎士団のフィーノ。こちらは狩人のラオハルトです。残念ながらここはもうマーズデン領ではありませんよ。隣国ピリナリアに入っています」
私は驚いた。まさかそんな遠くまで歩いているとは思わなかったのだ。
「申し訳ありません!まさか、隣国に入っているとは」
境界にはわかりやすい目印もあるのだが、暗がりのせいで見逃したらしい。
「いや、それはいいんだけど、一人だと危ないぞ。家まで送る」
乱暴な口振りだが、案外優しいラオハルトの言葉にほっとした。
二人は近くに止めていた馬を連れて来て、私はラオハルトの馬に乗せてもらった。
フィーノ様だったらどうしようかと緊張したが、ラオハルトが自然に手を差し伸べてくれたので、何の問題もなく馬に乗ることができた。
「危ないからここ持ってろよ」
ラオハルトの両腕の中にすっぽり包み込まれるように乗せてもらい、彼は手綱をしっかりと握っていた。
思えばフィーノ様のような騎士と狩人ラオハルトの組み合わせは不思議なものだったが、気にせず送り届けてもらう。
気を使っているのか、ラオハルトの手綱さばきはずいぶん丁寧で優しいものだった。
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