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「まさか一人で住んでるとはな」
あの日以来、事あるごとに二人は森の家を訪ねて来るようになった。いつもフィーノ様とラオハルトは一緒で、どちらか一方ということはない。おそらく、マーズデン領の隣の領地がフィーノ様の管轄なのだろう。
「怖くないの?」
「怖くないですよ」
「メイドもいないぞ?」
「たいてい一人で何でもできるので。侯爵家といっても、平民と変わらない生活をしていたんです」
ふーんと答えつつも、ラオハルトは全く納得していないようだった。
「失礼ですが、森の中に住んでいるのは何か理由がおありなのでしょうか」
フィーノ様が遠慮ぎみに尋ねる。
「隣国なのでご存知ないとは思いますが、少し前に婚約を解消されまして」
ラオハルトは怪訝な顔をして眉毛を釣り上げている。
「悪い話ではなくて、第一王子ミハエル様の前向きな婚約解消です。異世界から来た聖女リリス様をお好きになられたそうです」
「浮気は浮気じゃん」
「浮気ではありません。元々政略結婚なので。ピリナリアもそうでしょう?王子たちはみな政略結婚です。その中でもミハエル様は心から愛する人を見つけたので、それは素晴らしいことだと思うんです」
フィーノ様とラオハルトは顔を見合わせる。
「エマ様は大変お優しい方なのですね」
フィーノ様に微笑まれると心臓が痛い。心臓に悪いほど眩い笑顔で、清らかに澄んだ小川のせせらぎのようだった。
「単なるお人好しだろ」
ラオハルトは呆れてため息をついている。
「それで何で森の中に住むことになるんだ?そんな小汚い格好でさ」
確かに私は町娘の格好をしており、農作業をするためかなり薄汚れていた。今日も薬草の世話をしていたところだ。
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