吠ゆる犬は我が打つ

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…………恥ずかしい。  見れば見るほど恥ずかしい。自分で紳士と名乗っている男性とは思えないほど幼稚な中身であることは重々承知している。しかし侮るなかれ。特に対策として書いてあるこの目を見ないというのは、諸君らの想定の何倍も重要なことであることに留意してほしい。  今から2週間ほど前、私が同胞として心を許していた田辺は、ヤツの丸々とした目を見てしまったがためにヤツを崇拝するようになってしまった。田辺というのは犬撲滅(ぼくめつ)の理念を掲げ、私と生涯犬と戦うことを誓った人物である。そんな私に負けず劣らずの犬嫌いであった田辺がヤツの悪魔のような黒黒とした瞳を見ただけで一瞬で陥落してしまったのだ。  ある日彼は突然私の部屋に入ってきた。  私は驚きはしたものの、完璧で究極の紳士である私が恥を晒す訳にはいかず、平静を装って彼と対面した。 「何だ、我が同胞か。いきなり部屋に押しかけて来るとはなんの用だ?」  「今日はお前に言いたいことがあって来た。」  そう言うと田辺は俺の前でいかにも高そうなリード、ドッグフードをゴミだらけの私の部屋の畳の上にバラ撒いた。 「何だこれは…貴様私を裏切ったのか!」 「裏切った訳では無い!私はお前の犬撲滅という浅ましい考えを正しに来たのだ。」  私は愕然(がくぜん)とした。今までの彼とは別人になってしまったのか。もう私と知らない大学に忍びこみ『すべての犬を撲滅させよ』というビラを通り魔的に大学生に渡すという善行をおこなったときの彼は見る影もなく消えてしまったのか。私が呆気にとられていると彼は言葉を続けた。    「そもそも犬を撲滅するとは何だ馬鹿らしい。」彼は鼻で笑った。 昔の自分にでも言っておけ、と皮肉たっぷりに反論したがどうやら彼には全く効いていないようだった。 「タロウの目を見て気づいたよ。私の考えは間違っていたことを。これからはあいつのために生きてくよ。」 「何っ!貴様ヤツの目を見たのか!?愚か者め!『犬を撲滅させるためだけに私は生きている』と息巻いていたお前は何処へ行ったか!」私は顔を真っ赤にし、田辺を罵った。   ちなみにこれを読んでいる諸君はもう理解しているであろうが、田辺の言う『タロウ』とは私の永遠のライバルの『ヤツ』である。私はヤツの本当の名前を口にすると鼻水とくしゃみが止まらなくなり3日は寝込むことは確実である。なのでニ度とその名前を口にしないようにしているのだ。  「お前もタロウとの戦争なんてやめてしまえよ。俺はタロウの犬小屋建ててからドッグカフェに行ってくるよ。まだ見ぬワンちゃんが俺を待ってるからな!」  彼は中指を立てながらそう吐き捨てると田辺は私の部屋をあとにした。 私は自分が知っている限りの罵詈雑言を彼の情けない背中に浴びせたが、内容については諸君らの目に触れさせてよいものではないので、ここでは控えさせていただこう。
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