第2章 綻び

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 飲んだ翌朝は、良くも悪くも早く目が覚める。重い頭をモシャモシャとかきながら廊下に出た。  寒さや暑さに疎い保住からしたら、今の気温がどうなのかよくわからない。多分まだ朝晩は寒いのかも知れない。そう思いつつキッチンに向かった。    ここのところ、弁当を持参しないのが問題な気がする。忙しい時だからこそ基本的な生活を心がけないと土台が揺らぐ。  まだ眠い目を擦りながら弁当を作ろうかと冷蔵庫を開けながらふと、今日の予定を思い出して嫌な気持ちになった。 「とうとう、企画調整係(あいつ)にみんなを会わせなくてはいけないのか……」  ——あの風船みたいなデブ。あんなやつにおれたちの仕事の調整を任せるなんて……イカれている。おれ一人で十分……。  なんだかイライラして、眉間に皺を寄せた瞬間。田口の視線に気がついた。 「お、おはようございます」  彼はリビングの入り口で恐る恐るといった雰囲気で立っていた。保住の苛立ちを嗅ぎ取ったのだろう。田口のことについて苛立っているのではないのだが、そういうところは繊細だ。 「おはよう。……なに? あ、いや。お前のことを怒っているのではない」  保住は慌てて言い訳がましく言うが、田口が納得するわけがない。彼は浮かない顔のまま黙ってしまった。 「……」 「田口?」 「いえ。大丈夫です。すみません」  とても大丈夫な雰囲気ではないのだが、これ以上言っても訂正はできないだろう。保住は話題を変えた。いや、彼の中の話題は変わっていないのだが……。 「いや。今日は午前中、企画調整係と顔合わせさせるからな」 「……はい」  大型犬は耳もしっぽも丸めて元気がない。なんとかしてあげたい気持ちになるが、かくいう自分も疲れが溜まり、そこまで労ってやれるパワーが月歩しているらしい。  更に、元々気の利く男でもないので彼のフォローの仕方がよくわからないのだ。  しょぼんとして廊下に出ていった田口を見送り、保住もため息を吐いた。    ——すまないな。田口。 *** 「いやあ、どうも。どうも。よろしくお願いします。高梨(たかなし)で〜す」  抜けている挨拶をするのは、総務部企画調整係の高梨という男だ。彼はまるっとした顔にぽっちゃりした体型だ。  ——空気でも入っているのだろうか? 針で刺したら、空気が漏れ出して、どこかに飛んでいくのだろうか?   そんなことを想像しながら、田口は男を見つめていた。  懇親会の翌日。推進室の面々は、総務部の企画調整係の高梨(たかなし)と対面していた。田口たちの企画は一つの部署だけで行えるものではない。  財務部、観光部、教育委員会……色々な部署との連携が必要になる。  そのため、企画調整係の一人が割り当てられ他部署との調整をしてくれるという手筈になっているのだが……。 「あのねえ、保住(ほう)ちゃんはね、すっかり昇進してるから、恥ずかしくて言えないんだけどさ。おれさ、同期なんだよね。ねー?」  保住は愛想よく見つめてくる高梨を無言で眺めているだけ。 「あれ? 酷いよー! 僕と同期だって恥ずかしくて言えないって顔しているじゃないの!」  彼は両手で保住をポカポカと叩く真似をした。田口を含めて他の二人も開いた口が塞がらない様子で、口をあんぐりと開けたまま固まっていた。  ——これは、……。 「高梨。無駄話をする時間はないのだ。早々に今日の打ち合わせをさせてくれないか」  無表情で事務的な対応をする保住の視線は冷たい。澤井と付き合っていた頃……。自分を寄せ付けなかった、あの頃の彼を彷彿させられて胸が痛んだ。  ——そう。保住さんには、そういう冷たい一面もあるんだ。  あの時は感情を押し殺して対応していたからだと後々に聞いてはいたが。今回の場合は押し殺してなどいない。寧ろはなから相手するに値しない人間であるという評価なのだろう。愛想を振りまくことすらしないだなんて。  田口は黙ってその場に座っていた。 「ひどい、ひどい、ひどすぎるよ~。ね、ひどいでしょう? いつもこんな扱いなんだよ~。もう、このサディスト! 僕のこと虐めて喜んでるんだ~……えーん、えーん」  リアクションに困り苦笑いをしていると、安齋が肘で突いてくる。 「なあ、おれたちはどうしたらいいのだ?」 「おれに聞くな」  収拾のつかなくなってきた高梨を見兼ねたのだろうか。保住はテーブルを軽く叩く。 「高梨」  低い声色にさすがに「怒ってらっしゃいます?」と、小さく呟いて泣き真似を止めた高梨は口を尖らせた。 「もう、冗談通じないんだから。保住(ほう)ちゃん、そんなんじゃ上に行けないよ? ユーモアセンスって必要なんだから」  保住は全く相手にすることもなく、大堀に視線をやる。 「大堀。資料」 「……あ、はいっ!」  微妙な雰囲気の中、打ち合わせが開始された。今までいろいろな人に出会ったが、この高梨という男。なかなかの人材。。  大堀が自分の企画書を取り出している様子を眺めながら、田口は不安な気持ちに襲われていた。
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