photogenic

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「ほんとうにすごい。きみがいたから逢えたんだっておもうと、尚更きれいにおもう」  昼間と正反対の風向き。陸風にあおられ、さざめくドロノキの綿毛。雲にしずんだ夕日を迎えに行くのかな。滔々とせせらぐ川の流れも置いてけぼりにして。あたりいちめん純白に染まったスノードームの世界。どこかの家から運ばれてくる懐かしい匂い、きっと夕飯の肉じゃが。  神秘的な日暮れだった。ドロノキの葉が舞う音すらきこえてきそうなくらい。季節の移ろいを証明している夕焼け色。風の憂いもふさわしく、世界の鼓動が、ぼくらの呼吸と自然に溶けあい、境目も曖昧に、ひとつのいのちになるみたい。 「あの、おにいさん。その……名まえ、何ていうんですか?」 「うん……? ぼくの名まえ?」  そういえば、まだ名乗ってなかったっけ。おとこの子の視線が、ぼくの頬を掻く。ピンクがかった薄い雲からもれる陽ざしは、川に黄金色のきらめく絨毯を敷いていた。さらにそれが、鏡の役割を果たすおとこの子の瞳に閉じこめられ、幻想的にたゆたうオーロラを奏でている。  そっと願う。きっとこれからの将来、いくつもの困難が控えているだろうけれど。かなしみのため息を夕日に冠らせてしまいたくなる時があるだろうけれど。そんな時、ぼくらで共有した今日――この景色を待ち合わせにすることができたなら。  知ってほしい。ずっと、きみは孤りじゃないって。だれしも理解してくれるひとがいる。この僅かな時間――ぼくの勝手な妄想かもしれないけど――ほんの一瞬だけ心が繋がれたような、かけがえのない経験を味方に、すくわれるきもちがあるんだって。信じてほしい。痛みを理解することはかなわなくても、分かち合うことはできるって。 「……じつは、じぶんの名まえってあんまり好きじゃないんだ。似合ってないような気がしちゃって。      だけど、笑わないって約束してくれるなら教えてあげる。……おっけー? よく聞いててね。ぼくの名まえは――」
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