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「へええ……それで、そのあとはどうしたの? 雪の子は、おかあさんに会えたの?」
ちょうど夕飯のナポリタンを食べ終えたとき(メニューだけで食事当番がぼくとわかる。ぼくはナポリタン以外を美味しくつくる才能を、神さまに授けてもらえなかった)、ぼくは数時間まえのできごとを思いだし、かのじょに話してみることにした。斜向かいのチェアで、かのじょは静かに傾聴してくれた。マグカップのふちを指でなぞったり、納得するように頷いたりしながら。
それにしても。(雪の子、か……)きみらしい表現に、おもわず口もとが緩みかける。絵本の世界からとびだした冬の精霊。
「うん。ちゃんと会えたよ」
あんまり暗くならないうちに交番に行こうかと悩んでいたところ、自転車の派手なブレーキ音が河川敷に響きわたりぼくは思わず漫画のようにとび跳ねた。な、何事っ?――ふり返ろうとしたとき、だれかがおとこの子を抱きしめるタイミングが重なった。若い女性だった。肩で息をしている。押し殺した声で、おとこの子の名まえを呼びながら。
瞬き三つぶんの間をはさみ、かのじょが母親であることをぼんやり理解していった。階段の上――高台になった道路、タイヤスタンドも立てず倒された自転車の車輪が、いつまでもからからまわっていた……
「そう。ちゃんと会えてよかった」
と、きみがいう。優しい声。声だけじゃない。全身から優しさを醸しだす。コーヒーを一口のみ、ほっと安心のため息をこぼす。
「うん……」かのじょのほほえみにつられ、ぼくも笑っているような気がする。「――ほんとうに、よかった……」と、やっと安心できる実感が湧いたような心地だった。
ぼくらはおたがいを鏡にしてしまう。きみが笑うとぼくも笑う。ぼくが泣くときみも泣く。透明なきもちは、ことばのほとりで優しく調和される。
そういえば。ぼくはジーンズのポケットからあれを取り出すと、テーブルに置いた。別れぎわ、助けてくれたお礼にと、おとこの子がくれた〈白くてなめらかな小石〉。
「なあに、それ?」
「雪の子がくれたんだよ」
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