第25章 お伽話の中の村

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まあ、見るからに男の子の方は彼女が好きでたまらなくてあれこれと口を出したりマウント取って優位に立とうとしてかえって鬱陶しがられてる。っていうもの悲しい状況にあるのがありありだったけど。 女の子の方、つまり純架としては特別彼のことを好きだと表明したこともないのにいつの間にか何となくそういう風になっちゃってることを内心嫌がってるように見えた。 幼馴染みだし親同士も友達だし。くらいの理由で周囲もこの子たちはくっつくだろうと幼い頃から期待をかけちゃうのかな。本人たちの意思そっちのけだし、外の普通の日本社会じゃそんな決めつけあり得ないと思っちゃうけど。ここではそもそも選択肢の幅がものすごく狭いって事実を忘れちゃいけない。 同年代の婚姻可能な異性なんて、とにかく数が限られてるはず。長じてからパートナーが組めなくて溢れる子が出たり、希望する相手がダブって取り合いになって揉めたりするのを防ぐために、小さな頃から純架は夏生と仲がいいもんね。とか言って周囲が有無を言わさず、本人たちの意思がはっきりする前にどんどん追い込んでカップリングを決めちゃってるんじゃなかろうか。 小規模な集団を何とかそのまま維持しようとするなら確かにその方が合理的なんだろうな。子どもたちにはとにかく早いこと番わせて間違いなく子孫を増やしてもらわないとすぐに立ち行かなくなる。例えば、隔絶された部族とか。昔の日本の山奥の小さな村とかなんて、多分そんな感じ。 …そこまで考えてふと気づく。それって、俺の出身地も同じか。 思えばある意味自分自身も同じ状況にあった当事者なわけだ。そう認識すると、純架の気持ちがさっきより真面目に腑に落ちた気がした。 村全体の理屈で言えば、個々人の心や希望はどうあれ集団にとって都合のいい形で定着して子孫を増やしてくれるのがいい村民だ。共同体ってそういうものだから、システムがそうなってるのは致し方ない。 でも、一人の人間としては共同体から求められる役割や行動に違和感があってどうしても添えないこともある。どっちが悪いとかいう話じゃないんだと思う。 自分ひとりの考えに耽っててふと気づくと、目の前で山本さんがまだ俺を気遣う調子でくどくどと弁明を繰り広げてくれていた。 「…まだお互い十代ですしね。急がせる必要はないですから、進展が捗々しくなくても周囲は皆温かく見守ってるわけで…。夏生くんはともかく、純架ちゃんの方は本当にまだ男の子に関心が全然ないようなんですよ。結婚とか子ども産むとかに対する憧れもないしね。そんな状況だから。高橋さんに限らず誰がいっても今は無理なんじゃないかな…。まあそのうち、何年かすれば。あの子も自然と大人になっていつかは異性を受け入れようって気になるでしょうが」 「…十代って言っても。もう今年十九よ、わたしと同い年だし。いつまでも子どもなつもりなんだからあの子。全く、夏生が甘やかすもんだから。いつまで経ってもあんなで…」 急にテーブルの端っこの方で忌々しげに小さく呟く女性の声が。あとで思えばあれは、純架にやたらと突っかかってた何とかいうライバルの同級生だったんだろうな。その時点ではもちろん知る由もなかったが。 目尻を下げた花田所長がすかさず彼女のフォローに回る。 「その点菜由ちゃんはずっと大人だもんねぇ。同じ歳とは思えないよ。けど、純架ちゃんについてはさ。別にあれはあれでいいじゃないの、奥手な子に無理させてもいけないと思うよ。夏生はいつまでも待つつもりなんだろうし、もう二人の問題だよね」 「いやだからだよ。…そうやって攻めあぐねてるうちに、まさかの伏兵が現れた。って展開なんじゃないの、これ?」 村長がわくわくした顔で身を乗り出してきて、一瞬その場がしんとなった。 女の子たちの視線がまじまじとこちらに向けられて、非常に居心地が悪い。そんな内心を悟られないよう、いつもの面の皮の厚さを発揮して余裕ある表情を取り繕いにっこりと笑みを浮かべる。 「まさか。…本気?高橋さん。婚約者がいるって言われてる子を、それでも今から狙いに行くの?」 恐るおそる俺の意図を確かめようとするやや落ち着いた雰囲気の女性。今思い出すと、あれが純架の従姉の『ちえりちゃん』だったような。…妹分の行く末を案じての問いかけだったのか。 こういう場面でのはったりには自信がある。ので、俺は臆せず笑顔のまま、むしろ邪気のないように聞こえる声で皆に向かってきっぱりと言い渡した。 「はい。まだ、彼女は誰のものでもないわけですから。幼馴染みだろうがよそ者だろうが、フェアな競争ならチャンスは平等でしょ?それに、好きな女の子と一緒になれる可能性が少しでもあるとすれば。やっぱり、俺もゆくゆくはこの土地に根を下ろして生活の基盤を作ろうかなって気にもなりますからね」 同席してたおじさんたち、つまり山本さんのみならず村長も役場の花田所長も。 俺が改まってそう宣言したのがきっかけになって、そもそもこうやって外から来たよそ者を下にも置かずに接待してるのはそいつを何とかして集落に定着させて子孫を増やさせたいのがもともとの目的だったじゃないか。って事実をようやくそこで思い出したらしい。
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