私の彼氏はクレーマー

1/1
前へ
/1ページ
次へ
私の彼氏はクレーマー。 カレーを食べに行けば、 ルーが少ないとランチ時に店員を呼ぶ。 服を見に行けば、 買う予定もないのにここにほつれがあると怒鳴り散らす。 コンビニに行けば、 店員さんの挨拶がなっていないと後ろに列ができても1時間説教をする。 怖くて何も言えないことが多いこの世の中で、 こんなことをハッキリと言える。 私の彼氏は、何てかっこいいんだろう。 だが、流石にこれ以上はヤバいなと思うと、 その度に私が身を挺して止める。 それで私が怒鳴られることになろうとも、だ。 周りの人は口々にこう呟く。 「彼女が可哀想。」 だけど、そんな彼は二人っきりになると 甘えん坊に早変わりする。 あれだけ鬼の形相をしていた彼も、 今は私の膝の上で耳掃除をされている。 そして眉を下げながらこう問いかけてきた。 「さっきの俺、あれでよかった? 内心では反撃されるんじゃないかって びくびくしてた。すごく怖かったんだよ。」 「…あれでよかったんだよ。」 「ねえ。そろそろこんなこと辞めない? お店側にも迷惑だしさ。誰も得しないよ、こんなの。」 その一言が聞こえてきた瞬間、 私は思わず持っていた耳かきを鼓膜のギリギリまで深くさした。 「ぎゃあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 「あぁ、ごめん。役立たずそうな耳だったから、 要らないのかなと思って。」 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」 「誰も得しない?私が得してるでしょ? あなたが悪役を演じてくれることで、 私は悪い男に捕まった悲劇のヒロインでいられるんだから。」 「はぁ…はぁ…はぁっ」 耳を抑えたまま、息を切らせてうずくまる。 それをただ静かに見下ろす。 あの日、私をナンパした、馬鹿な男。 そう。私は悲劇のヒロイン。 周りからは、悪い男に捕まった、可哀そうな女。 みんな私に同情する。 そうすると、みんな私に優しくするのだ。 「頑張ってください。」 「早く別れた方が良いと思いますよ。」 大人になると、心配されることも、 優しくされることも減っていく。 だけど私は彼を利用して、 いつだってみんなに優しい言葉をかけて貰える。 だから今日も、私は可哀そうな彼女に変化する。 沢山の優しさを、一つずつゴミ袋に入れていきながら。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加