もしもフォン

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 クルクルクル  ダイヤル錠の鍵を回して4桁の数字を合わせる。 「え~っと、0・7・2・1 オナニーっと。…………相変わらず最低な番号だ…………。どうして先生はこんなふざけた番号に設定したのだろう」  僕は独り言を言いながら、ダイヤル錠を外して、鉄格子製の門扉を開けた。 『ギギギギギ~~~』  錆びているのか、相変わらず開きが悪い。  今度、オイルスプレーでも買ってくるか、と考えながら、僕は再びダイヤル錠を掛けた。  僕が立ち入った場所は、敷地面積約二千坪、床上面積約二百坪。  車が十台ほどおける駐車スペースに、築三十年程度と見られる大きな二階建ての建物。  これだけを聞くと豪邸の様に聞こえるが、実際のところはそうではない。個人病院だった旧館を買い取って、リフォームしただけの話である。  いゃ、間違った。リフォームはしていない。射貫き物件と言った方が正解かもしれない。  現在は病院としての機能は微塵も無く、外に掲げられている岡田医院の看板には、黒色スプレーで大きくバッテンが書かれている。  ではこの病院跡地が、現在は何に使われているのかというと、ある男の遊『遊び場』と呼称するのが、一番しっくり来るだろう。  そして、なぜ僕がこんなへんぴな場所に居るのかと言うと、残念ながら、すき好んで訪れているのてはない。  出来る事であるならば、僕は、こんな場所に、足を踏み入れたくはない。  どのくらい立ち入りたくないのかと言うと、例えるなら、暴力団事務所に立ち入るくらい遠慮したい場所だ。  しかし、残念ながら、僕は廃病院暴力団事務所の、組員名簿に名前が連なっているらしい。  そう、ここは帝都大学理工学部山崎真波(やまざきまなみ)教授の自宅、つまり、山崎先生の研究室兼自宅なのだ。  ちなみに、この教授のゼミは通称真波(マッハ)ゼミと呼ばれている。  実は、うちの大学にはもう一人山崎先生というのが居て、そちらは若いマッハ先生とは異なり、五十代のベテラン教授となっている。当然山崎ゼミの名は、そちらの先生が冠する運びとなる。これは、当然の流れと言えよう。  そんな訳で、新参者であり、三十代前半のうちの先生は下の名前を使用して『真波ゼミ』と名乗っているだ。    さて、僕はと言うと、建物の玄関前まで歩み進め、鍵の掛かっていない両開きの玄関扉を、まるで家主の様に堂々と開けて部屋の中に入った。  部屋に入ると、かすれた文字で『受付』と書かれた表札と、長椅子が沢山置されているので、昔は待合室であった事が容易にうかがえる。  しかし残念ながら、現在この受付スペースには、マッハ先生の研究の成果と言うか、ゴミが沢山散らばっている。  鳥の様な翼が付いた扇風機。開くと納豆の様に糸が引く折りたたみ式キーボード。  使い方が全く分からないのだが、実はこれでも、世界的に権威のある教授の一人なのだから驚きだ。  ホントバカと天才は紙一重とはよく言ったものだ。  ちなみに、受付と書かれた小窓の所に無造作に置かれている糸は超軽量、超耐久性の糸らしく、なんでも宇宙エレベーターに使用できる代物らしい。  この糸は特許を取っていて、更に既に買い手が付いたとの事なので、かなりの金額が先生の懐には入ったと、もっぱらの噂だ。  まぁ、知らない人がみたら、ただの釣り糸にしか見えない。そんな物だ。  僕は雑然とした旧待合室を通り抜けて、診察室跡の部屋へと足を進めた。  しかし、僕を呼んだ張本人の姿は、この部屋には見られなかった。 「せんせー、来ましたよ。いるんでしょう~~」  僕はいつもの事だと思い、大きな声で先生を呼んだ。  すると、ズザーっと勢いよくトイレが流れる音がして、身長170センチメートル程の白衣を着た男が姿を現した。 「おぉ、来たか、阿部くん。頼んでいた品は持ってきてくれたかね」  僕は先生にそう言われ、注文されていたハンバーガーの入った袋を先生に手渡した。 「はい、どうぞ。僕はウーバーアベとかじゃ無いんですから、普通にデリバリー頼んで下さいよ」  先生はお目当てのハンバーガーを手に取り、僕の鼻先に向けた。 「だって、デリバリーのインターフォンに気づかないんだもん。君ならここまで運んでくれるじゃ無いか」 「だもん。じゃないですよ。なに可愛らしく言ってんですか。大体先生ならインターフォンなんて簡単に改造できるでしょ!」 「おぉ、その手があったか。気が付かなかった」  そう答えるも、先生は僕の方を全く見ず、ハンバーガーを口にくわえた。  僕は知ってんだ。こういう時は気が付いているが、より楽な方を選ぶ。注文も僕に電話すれば、いい加減に注文しても何かしらは買ってくるし、もし注文し忘れた物があったとしても、再注文が口頭で済むのだからそりゃぁ僕を使いますよ。  僕は先生の行動に対して半分、いや、9割ほどは既に諦めていた。  そして「あ~あ」とため息をつきながら、空いている椅子にドカッっと腰かけたのだった。  先生は黙々とハンバーガーを食べているので、ふと疑問が生まれた。  そう、先生は、ほぼ毎日ハンバーガーを昼食で食べるのだ。 「そういえば、先生って年中ハンバーガー食べてますね。好きなんですか?」  すると先生の答えは思っていたのとは違った。 「いゃ、別に好きでは無いよ」  何を言っているんだ? このバカ、もとい、この天才は? 「ん? ……じゃぁ、考えるのが面倒くさいとかですか?」 「いゃ」  禅問答か?   「……手軽に食べられるからですか?」 「まぁ、それはきっと答えの内の一つだろうね」 「……ゴミが簡単に捨てられるからですか?」 「ちょっと離れたね。答えは世界で一番食べられているからだ」 「…………はい?」 「世界で一番食べられているという事は、一番ニーズがあるという事だ。つまり、ハンバーガーにはリピートさせる何かがある。購入の手軽さ、価格、食べやすさ、食べる時間その他もろもろ。つまり、それを体感しているという訳だ」 「……はぁ。僕には半分くらいしか理解できませんが」  そんなやり取りをしている内に、先生は食事を済ませた。  確かに、食事を重んじない人種であるならば、時間短縮にはもってこいの食事なのかもしれないと、僕は実感した。  それはそうと、今日の要件を僕はまだ何も聞いていなかった。 「ところで先生、今日の要件はなんですか? まさか飯買ってこいってだけじゃないですよね」  先生はストローを銜えながらもごもご言い始めた。 「こおは、こもにこんほくを、こもひてもほおうと」  たまに口の横から、コーラーが垂れ落ちる。 「先生、汚いので、飲み終わってから話してください」  僕がそう言うと、先生はコーラーを一気飲みして、今度はむせ始めた。  僕はいつ要件が言い渡されるのか、気長に待つことにした。 「待たせたな阿部君」 「えぇ。まぁ。で、今日は何のお手伝いをすればいいのでしょう?」  教授である先生の実験を手伝うのはゼミ生としては当たり前の事なのだが、僕はなぜか先生に気に入られているらしく、呼ばれる事が多い。  ちなみに、呼ばれることに対してはもう慣れたし、諦めていた。  コーラーを飲み終えた先生は、僕の前に立つと、咳ばらいを一つした。そしていよいよ、先生の口から、今日僕が呼び出された理由を、聞かされる事となったのだ。 「阿部君、見て驚くなよ、これが今回私が開発した『もしもフォン』だ!」  そう言いながら、先生は黒電話の受話器部分だけを頭の上にかざした。 「これは『もしも世界が○○だったら』と言うと、その通りになる道具だ!」 「…………先生」 「なんだ?」 「…………色々アウトです」  僕は考える人の像の様に、眉間に手を当ててて、首を左右に振った。  すると先生も「やはりか……」とつぶやいて、真面目な顔をしてモニターの電源を入れ始めた。  すると、モニターには芸能人がダーツを投げて商品を当てるルーレットの様な三角模様が、画面いっぱいにくるくると時計回りに回っていた。  色は赤や青が多いだろうか。  そして先生はそのモニターの前に『もしもフォン』をかざした。  僕はこの後どうなるのかと唾を飲み込んだ。仮にも世界の天才がわざわざ作り出した電話だ。きっと何か化学反応的な変化が起きるに違いないと。  そして、先生は再び口を開いた。  しかし、先ほどと大きく異なる点があった。  それは……先生が裏声で、『もしもフォ~ン』と言った事だった。  スッパーーーーン!  僕は手元にあったハリセンチョップで先生の後頭部を勢いよく叩いた。  なぜここにハリセンがあったのかは聞かないでくれ。 「さっきより、アウトじゃないですかぁああ!! 何やってんですか。しかも文章だと分かりにくいギャグを!」  先生は後頭部をさすりながら『痛いなぁ~。何が不満なんだ?』と言うような目で僕を睨んだ。  しかし、僕は一歩も引かなかった。 「先生、色々言いたいことはありますが、まずネーミングです。なんですかその『もしもフォン』って、後半ちょっと違うだけで、国民的に有名な青いロボットが出す道具見たいじゃないですか!」  先生は人差し指を突き立てて、左右に振った。 「ちっ、ちっ、ちっ、阿部君それは違うよ。あれは、もしもボッ」  スパーーーン!!  再びハリセンが先生の後頭部にヒットした。 「先生! 言わなくて結構です。みんな分かってますから。で、そのもしもフォンがなんですって?」 「今回の実験は、このもしもフォンがちゃんと機能するかどうかの実験だ。その為に君に来てもらったんだよ」  先生はそう言いながら、黒電話の受話器みたいなのを僕に渡した。 「で、これ持ってどうすればいいんですか?」 「それを持って、ココに入ってもらう」  そう言うと、先生は部屋の真ん中に置かれている、赤の格子状の枠にガラスがはめ込まれた、そう一見するとイギリスの電話ボックスみたいな物体を指さした。 「これは、私が開発した『もしもブース』だ!」 「……先生。訴えられたいんですか?」  僕はいよいよ、あきれ顔になった。そして、これ以上興奮するのは、先生の思うつぼだと確信した僕は、これ以上興奮をしないように、大きく深呼吸をして息と心を整えた。 「……ふぅ。まぁ、いいです。で、このブースって、何んの為に作ったんですか? 別に受話器に話すだけならこのブースに入る必要ってないですものね。」  僕は呆れた口調で、親指を立てて、クイッっとブースをその親指で刺した。 「あぁ、もしもブースは元々は聴覚検査をするのに、周りの音を全てシャットアウトする為に作った物なんだよ。中に入ると、真横で道路工事をしていても聞こえないくらい高性能なんだよ」  先生は、エッヘン! と胸をはるが、僕の目は半分閉じていた。 「先生、無駄に高性能なブースですね。聴覚検査って、そんなに高性能な遮断は必要としていないはずですが……」 「何事にもベストを尽くすのが私の信条なのでね。まぁ、この中に入れば、もしもフォンで話している時に、ノイズが入る事は無いから、確実に願いが叶うから安心してくれ」  僕は無駄に高性能な電話ボックス。もとい、聴覚検査ブースをマジマジと見つめた。  しかし、僕は一つ、どうしても拭いきれない懸念事項があったので、それを先生に確認する事にした。 「先生、ところで気になっている事があるのですが。そもそも『もしも世界が○○だったら』ってこの文言って、色々引っかかりませんか? コンプライアンスとか」 「大丈夫、大丈夫。運営がそのお題で書けって言ってんだから」 「ん? 運営? お題?」 「君は気にしなくていい。さぁ、始めようか」  僕は先生に言われるがまま『もしもフォーンブース』の中に入った。    
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