もしもフォン

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 僕は黒電話、もとい、もしもフォンを持ちながらブースの中に入り、もう一度先生から教わった操作を思い返してみた。  1 ブース内の鍵をしっかりとかける  2 受話器を耳に当てて、受話器の背面に付いているボタンをおしながら    『もしも世界が○○だったら』と話し掛ける  3 世界が、もしも○○と、自分が願った通りの世界になる  4 キャンセルする時は、再びブースの中に入ってボタンを押しながら    『もしもフォン・キャンセル』と言えば世界は元に戻る  なんとなく使い方は分かった。  操作方法があまりにも簡単すぎて、逆に不安になる。  しかし、今まで行ってきた数々の実験からすればマシな方か? と自問自答をしながら、僕は願い事を言った。  そして、ブースのドアを開けた。 「どうだい? 何か変わったかい?」 「いぇ、いまのところ、よく分かりません」  僕の願いは、すぐに分かるものでは無かったのだ。  先生は、人差し指を僕に突きつけながら、質問を続けた。 「因みに阿部君は、どんな願い事をしたのかね? もしかして、あれか? 『もしも世界からどら焼きが無くなったら』とかでしょう」  スパーーーン!! 「先生、食べ物は世界に星の数ほどあるでしょう。なぜそこでわざわざ『どら焼き』を指示するんですか!?」  先生は不貞腐れながら口をとんがらせた。 「別にどら焼きはどこにでも売っているモノなんだから、問題は無いだろう」 「確かに問題は無いかもしれませんが、どうしてさっきから車道の端っこを攻めるですか。それじゃぁ、まるでどこぞの豆腐屋みたいじゃないですか」  先生はニヤリと笑った。 「おぉ、君も言うねぇ。豆腐屋とか言っていいのかい?」 「豆腐屋は全国にありますからね。その内の一台くらいは、車道の端っこを走っていても、おかしくはありませんよ。」 「そうかそうか。それで、当然車内で流れている音楽は、欧州の音楽なんだろう!?」 「もちろんですよ! って、二人してボケたら話が進まないじゃないですか。話を戻しましょう。何の話でしたっけ?」 「君がどんな願い事をしたかって事かな?」  そうそう。忘れていたが、僕は先生からは当然聞かれる質問だと予想をしていたので、実は当たり障りの無い願い事にしていたのだ。  酒池肉林の願い事を言えば、卒業するまで馬鹿にされそうだった事もあるからだ。 「僕、英語等の外国語が苦手なので、海外旅行に行った時、どこでも話せるように『もしも世界が日本語しかない世界だったら』って願いにしたんですよ」  先生は僕の話を聞くなり、げんなりした顔で、両掌を天井に向けた。  どうやら先生が期待していたタイプの願い事ではなかったらしい事は、2秒で把握した。 「なんだ、つまらん。が、これも実験だ。取り合えず世界がどうなったか、そこの…………」 「そこの? そこのなんですか?」  先生が悶えている。なぜかは分からないが、首を抑えながら、苦しそうにしている。  僕は先生に、息が出来ないんですか? と尋ねるも、先生は左右に手を振ってそうではない旨を僕に伝えた。  僕は先生が苦しそうなのを、ただ見ているしかなかった。 「……いゃ、だから、そこの…………映像電波受信器の電源を入れてくれ」  先生は随分と回りくどい言い方をしてきた。  これは何かのテストなのか、と考えながら、僕は先生にふざけて話さない様に言い返した。 「先生、なに紛らわしい事いってんですか、ようはテッ……テッ……テッ……映像受信機の電源を入れるんですね」  先生がふざけているのでは無いことが、今わかった。  日本語しか話せない、つまり横文字が使えなくなっていたのだ。 「ちなみに、この電波受信器のリ……なんだ?……遠隔操作する機械はどちらにありますか?」 「あぁ、そこのテ……机の上に置いてある」  なっ、なんだ、これは想像以上に苦しい。  苦しいとは言っても、息が出来ない苦しさとはまた違う。そう、物忘れをして言葉が出ない感覚に似ている。  まるで、初めて外国人と話した時の様だった。  そして、そうこうしながら、僕はやっとの事で遠隔操作機械を手に入れて電源を入れた。 「先生、チャ……周波数はいくつにしましょうか?」 「そりゃぁ、ニュ……情報番組といえばN……日本放送協会だよ」  僕が周波数を変えると、液晶画面には世界の流行を放送する番組、一言でいえば海外の情報発信番組の様な映像が流れた。 「は~い、現場リ……報道員の小坂です」  僕は液晶画面を見ながら、流石は職人だと感心をしてしまった。 「今日は紐育にあるタ……時間の正方形に来ています。こちらが今日紹介する、今一番人気のお店で、ベ……茹でたパ…………小麦粉を水と一緒に練って、発酵させて焼いた……。そう小麦餅みたいな食べ物あるじゃないですか? ――――あー上手く話せないので。一度ス……日本にお返しします」  流石に、海外情報発信番組は厳しいよな。小坂さんご愁傷様。  僕は笑ってはいけないと思い、必死に口を押えて、笑いをこらえた。 「小坂さん大変そうでしたね。それでは、今度は渋谷の状況をお知らせします。明日に迫ったハ……十月三一日のお化け仮想祭りの状況をお送りします」  日本の司会者も、職人なので、語彙力は優れているのだろうけれど、中々に大変そうだった。 「先生、なんか大変そうですよ。もう止めますか?」 「何を言っている。実験はまだ始まったばかりだろう。ほれ、他のチャ…………周波数に替えてくれ」 「分かりました。……先生も苦労しているじゃないですか」  僕はやれやれ、と思いながら周波数を変えると、今度は料理番組が軽快な音楽と共に始まるところだった。 「皆さんこんにちは、3分クッ……お料理のお時間となりました。今日はペ……パ…………茹でた小麦粉麺に赤唐辛子の油()え。にんにくを添えて。の作り方です」 「料理長、小麦粉麺って、おうどんの事ですか?」 「いぇ、違います。伊太利の、あら伊太利は言えるのね。伊太利の小麦粉麺ですわ」 「分かりました。では調味料の説明からさせて頂きます。こちらが乾燥した伊太利製小麦粉麺、一人前。赤唐辛子、1本。オ……伊太利の樹木の実から精製した油30グ……大匙2杯程度と、にんにく1個を用意してください。まず、熱したフ……浅い取っ手付き鍋に伊太利製油を入れます――」  僕たちは、料理研究家のおばさんが、四苦八苦しながら料理をしている姿を目の当たりにした。 「先生。日本語だけで生きていくのは、しんどそうですね」  先生は腕を組みながら大きく頷いた。 「その様だな。何となく実験の結果は分かった。元の世界に戻そう」 「分かりました。ところで、元の世界に戻すのってどうするんでしたっけ?」  先生は両手の平を天井に向けて、呆れたやつめ、と誰が見ても分かる様な恰好をした後、僕に解除方法を説明した。 「いいか、まずそのブ……大きな箱に入って、受話器の後ろのボ……ス……牡丹を押下するんじゃ。そして、受話器に向かってこう言うんだ『もしもフォ…………!』」  そこまで先生が言いかけたので、『そうだ!』と操作方法を思い出した僕は、広げた左手の上に握った右手をポンッと付いた。 「あぁ、思い出しました。『もしもフォ!?』…………って、先生言えないじゃないですか!」 「そうだな。まさか君がそんな馬鹿な願いをするとは、天才の私にも理解できなかったのでな」 「じゃぁ、世界はどうなるんですか!?」 「……むろん……このままだ…………」  僕はこの馬鹿教授のゼミに入った事と、自分が願った内容について後悔した。
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