もしもフォン

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 実験をする事に対して、覚悟を決めた僕は、先生に対して、ルーティーンであるいつものセリフを投げかけた。 「で、今日は何の実験を手伝えばいいんですか?」  そう、僕はどう頑張ったって、実験からは逃げられない事は知っていた。  『人権』って言葉って、僕の辞書には無かった気がする。  そう、ナポレオン風に言うならば 「私の辞書に、『人権』の二文字はなーい!」 ってところだろうか。  ……うん。かっこ悪い。  ほんと、僕の人権よりも、北方朝鮮の人の方が、人権が有るのではなか? と悩むほどだ。  そんな悩める子羊みたいな僕を、麗奈ちゃんは涼しい目で見ていたが、僕はそんな彼女に目で訴えた。  よく見ておきなさい。これが来年の君の姿だ! と。  そう、僕は『気丈にやる気の無い姿』を見せたのだった。  こう言う変な言葉を言うと、『君は変な日本語を使っているね』と言われそうだが、断じてそうではない。  気丈に=心を強く保つという意味を持つ。つまり『やる気の無い姿を、芯を持って行う』と捉えてもらえればいい。  つまり、演技なのだ!  そう、これは演技なのだ! ア~ハッハッハ~~~!  …………はぁ……。 「どうだい阿部君? 少しは心の整理が付いたかい?」  おぉっと、先生、人の頭の中を読まないで頂きたい。  僕の考えはそんなに顔に出ていたのか!?  そんな事を考えながらも、僕は先生の質問に答えるのだった。 「先生。心の整理なんて随分前から付いていますよ。きっと、戦時中に『赤紙』を貰うってこんな感じだったんでしょうね」  僕は落胆していた。  しかし、落胆していても何も解決しない。  そんな事は分かり切っていたので、僕は先生に今日の実験について尋ねた。 「ところで先生。話を戻しますが、今日は何の実験ですか? ついに、どこでも扉でも作りましたか?」  先生は、僕に先を越されてギリギリラインを言われたのが悔しかったのか、苦笑いをした。 「君の提案する実験も楽しそうだが、とりあえず基本的には前回と同じだよ。まだ実験の途中だったからね」  すると、僕の後方から元気の良い声が聞こえた。 「ハイ! ハイ! マッハ先生質問! 前回の続きとはなんでしょうか!?」  麗奈ちゃんが、元気よく手を挙げて質問をした。  そう、昨日の大事件は、世界でニュースになってはいるものの、犯人が誰だかは公表されてはいなかったのだ。  まさか、こんなしがない実験室で行われたとは麗奈ちゃんも思うまい。 「あぁ、実験と言うのは、昨日そこの『阿部君』が、このもしもフォンで『もしも世界が日本語しか話せない世界だったら』って願い事をしたのさ。そうしたら、世界的に、あんな大惨事が起きたって訳よ」  麗奈ちゃんが、口をあんぐりと開けて驚いた。  そりゃそうだ。まさか、世界同時多発テロの犯人が、自分のゼミの教授だとは……? ……ん? 今こいつ、僕が願いをしたって言わなかったか? 「先生……今、麗奈ちゃんに僕がテロの犯人みたいな言い方を、しませんでしたか?」 「君がもしもフォンで願った。間違いはあるか!?」 「……ちっ、もしも時のしっぽ切って訳ですか。相変わらず汚い」  僕は、軽い捨て台詞を吐いた。  しかしそんな僕をよそ目に先生は、ニヤけている。 「阿部君、賢いと言ってくれないか?」  ニヤニヤする先生を僕は睨み付けながら、『確かにあんたはずる賢いよ』と心の中で呟いた。  さて、衝撃の事実をしった麗奈ちゃんはと言うと……、なんと以外にも驚いてはいなかった。  テロ組織ともいえるゼミなのに。この落ち着き具合は、流石はマッハゼミに来るべきにして来た人物と言わざるを得なかった。  そして、色々考えた麗奈ちゃんは、自分の考えを口に出すのだ。 「つまり、あれですね。阿部先輩が、その――、なんでしたっけ――? ……そうそう、もしもボッ――もごもご」  僕は慌てて麗奈ちゃんの口を押えた。 「麗奈ちゃん、もしもフォンね。もしもフォン! 間違っちゃいけないよ。そうでないと、あんまり言うと、ここのアカウント止まっちゃうから」  麗奈ちゃんは、僕が押さえている口の手を『何をするんですか!?』と軽く睨みながらほどいた。 「で、先輩? アカウントって、何の話ですか?」 「……あ~、気にしなくていいです。こちらの話なので。さぁ、先生実験を再開しましょう!」  僕は強引に話を戻した。 「阿部君、君も中々強引だね。それだけ普段も強引ならば、彼女の一人でも出来るだろうに……」 「先生、うるさいですよ。プライベートに口を挟まないで下さい」  そう言いながら、僕はもしもフォンを手に取り、もしもブースの扉を開けた。  そして僕がブースの中に片足を入れた所で、なんと、先生がちょっと待ったをかけて来た。  僕は何か問題でも発生したのか!? と感じ、再び先生と正対した。 「先生、何か問題でも発生しましたか?」 「いゃ、昨日の事があるのでな。先に、君がどんな願いをするのかを、聞いておこうと思って」  なるほど。確かに、昨日の様な事があると、復旧に時間が掛かってしまう。そうなると世界が混乱に陥る可能性があるから、先生の言う事はもっともだと感じた。 「今日は、そんなに困らないのにしようと思います」 「ほぅ、それは?」 「『もしも世界がら抜き言葉だったら』って願いにしようと思います」 「ら抜き言葉って、あれだね。やられる=やれる、(なぶ)られる=嬲る、みたいなやつだね」 「……違います。先生、知っててボケてるでしょう。それただの未然形です。しかも、言葉のチョイス……」  僕が頭を抱えていると、横から麗奈ちゃんが解説をしてくれた。 「ら抜き言葉って、あれですよね。生きられる=生きれる、食べられる=食べる、とかですよね」 「そうです。麗奈ちゃん正解です。まぁ、そんな訳で、ら抜き言葉なら、世界があんまり混乱しそうじゃないですか。だから、今回は問題にならない範疇で実験しようかと思いまして」 「……なんかつまらん願いだな。……まぁ、昨日のに比べれば、リスクが低くていいか」  先生はしぶしぶ納得してくれた。  さて、そんな訳で、協議の結果、今回の願いは『もしも世界がら抜き言葉だったら』に決定した。      
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