もしもフォン

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 僕は、もしもブースの中で『もしも世界がら抜き言葉だったら』と願い事をした後、ドアを開けて外に出た。  しかし、全くと言っていいほど、変わった様子が無い。  それは前回と同じだ。やはり世界の状況を確認しないと実験が成功したのかどうかの判断は出来ない。  そんな事を考えていると、先生は僕に例の如く声を掛けて来た。 「さて、取り合えず阿部君、テレビを付けてくれないか」  僕は机の上に置かれているリモコンを手にすると、テレビに向けて、赤い丸ボタンを押した。  すると、液晶画面にニュースが流れたが、特に『ら抜き言葉』の影響は見られなかった。  あるとしても、動物園の映像が流れてリポーターが百獣の王のオリを案内しながら、「このオリの中をご覧ください。今ちょうどイオンが食事をしています」と、大型所ピングモールが食事をしているのか? とつっこみを入れたくなるくらいなものだった。  どうやら実験は失敗に終わったらしいと言うのが僕の感想だ。  やはり元々なくても会話が成立するのであるから、多分こんなものなのだろう。  そんな事を感じながら僕はチャンネルを回した。  チャンネルを回すと、先生がある長寿番組に興味を持ち始めた。 「阿部君、このアニメは何かね?」 「あぁ、国民的アニメの、推理少年コナンですよ」  テレビには眼鏡を掛けた少年がスケボーに乗っている姿が映し出されていた。  どうやら、ヒロインの女の子が高い所から落ちそうなのを、助けに行くシーンらしい。 「おぉ、このアニメなら私も知っているぞ。噂によると、やらなくても良い事を無理矢理やって、トリックと言い張ったり、やたらとテグスのトリックが大好きなやつでしょう?」 「先生……これ、ファン多いんですから、あまり変な事言うと、刺されますよ」  そんな話をしていると、どうやら、画面は緊迫したシーンに差し掛かった。  そして、主人公がヒロインを助けるために、ヒロインの名前を叫び出した。 「んんんんんーーーーーー!!!!!!」 「…………なぁ、阿部君。この少年は一体何を叫んでいるんだい?」 「んんんんんーーーーーーー!!!!!」 「多分、ヒロインの名前を叫んでいるんでしょうが……、なんか牛とか、家畜の鳴き声みたいですね」  二文字しかない名前は、名前を呼んでも何を言っているのか理解が難しいよな、と僕は少しだけ実験が成功した気になれたので、胸を撫でおろした。  僕は調子が出て来たことから、他のチャンネルに変えると、今度は世界的に有名な可愛らしい動物キャラクターが映し出された。  どうやら、そのキャラクターがお皿にプリントされたグッズを抽選で百名様にプレゼントするとのCMらしい。  そのCMをみるなり、後ろに居た麗奈ちゃんが急にテレビを指さしながら、声をあげた。 「あ~かわいい。私、このお皿ほしい『アイグマスカル!』かわいい~」  『アイグマスカル!?』  ツッコミ処が満載なネーミングだ。  『アイ熊』が鮭を取ろうと川の中に弧を描く様に、勢いよく腕を入れたのだが、スカッて取れなかったのか、それとも『アイ熊』の頭蓋骨を意味するのかが気になるところだ。  とにかく、これは実験成功とよべるのではないかと僕は確信した。 「先生、今回の実験はどうでしたか?」  しかし、先生は渋い顔をして、こめかみに手を当てていた。どうやら、僕が思っていたよりか、振るわない実験結果に終わったらしい。  やはり願い事としてはインパクトに欠ける願いだったと、僕は反省をした。  しかし、先生は実験には失敗が付きものだと言い、さほど気にする様子は見られず、もう少しだけチャンネルを回した後に実験を終了すると僕に促した。 「阿部君、まぁ、こんなもんかね。とりあえず、もう少しだけ他のチャンネルも見た後に、元の世界に戻すとしよう」  そう言って、先生はチャンネルを変えた。  するとテレビには、女性リポーターが、町の中華そば屋を紹介する番組が流れていた。 「は~い皆さん、今日、私鈴木美香は下町にある昔ながの中華そば店に来ています。見て下さい、この行列。このお店は昭和の終わりか始めているので、かれこれ四〇年やっているそうですよ」 「リポーターの美香さん、はしゃいでいますね~。今日は食リポもしていただけるんですよね」 「えぇ。そうなんですが、まずはお店の紹介をさせてください。昭和の終わりっていうと、ある言葉がはやりましたよね。そう『ザ・』なになにって」 「そう言えば、そうですね。ワイドショーとかでも『ザ・』なになにって付いていたり、テレビ情報誌でも『ザ』テレビなになにとか付いていましたもんね」 「そうなんです。昭和の終わりは『ザ・』なになにって言葉が流行っていたんです。そして、このお店も昭和の終わりに作られたのでお店の名前に『ザ・』が付いているんですよ」 「そうなんですか。なんて屋号なですか?」 「では看板を見て下さい。実はですね、こちらのお店の名前は、なんと    『ザ・ーメン!』  と言います!」  僕は、この女性リポーターが、全国放送で飛んでも無いことを発言したのを耳にした。  そして、慌てるリポーター。 「いゃ、違うんです、違うんです。お店の名前はザ・ーメンって、あぁ、私全国放送で何言ってんの~~」  リポーターの女性は顔を真っ赤にしながら慌てふためいていた。  スタジオの司会者もバツの悪そうな顔をしており、番組は無理やり中継が切られ、何食わぬ顔で、次のコーナーへと進んでいった。 「……先生、僕、先ほどの女性リポーターが不憫になってきました。彼女絶対に全国放送でザーメンと叫んだ女としてレッテルが張られますよ」 「……そうだな。もう元に戻そう……」  先生の了解を得たことから、僕はもしもフォンを手に取り、キャンセルボタンを押した。  ……しかし…… 「先生、キャンセルされませんけど!?」 「そんな馬鹿な!?」  そういいながら、先生はもしもフォンを僕の手の中から奪い取り、機器を確認し始めた。  すると「あぁ」と納得した顔をして、僕の手の中に、再びもしもフォンを手渡した。  そして、先生は落ち着きながら僕に説明を始めた。 「阿部君、簡単だよ。度数が切れたんだよ」 「どすう!? 度数ってなんですか?」  僕は聞きなれない言葉だったので、先生に聞き返した。 「もしもフォンの底に入っている、テレフォンカードの度数だよ」 「へー、変なとこだけ電話なんですね。僕テレフォンカードなんて使った事ありませんよ。……で、変えのテレフォンカードはどこにあるんですか?」  僕は、テレフォンカードを入れ替えるべく、先生に替えのカードを催促した。 「そんなの無いよ。持ってないの!?」  まさかの予備を用意していないのか!? 僕の脳裏に先生に対する怒りゲージが溜まって来た。  しかし、ここで怒っても仕方が無い。僕は落ち着きながら先生に替えのカードの手配を促すのだった。 「先生、今時テレフォンカードなんて持っている人いませんよ。それにテレフォンカードってどこに売ってんですか? なんなら、僕が買ってきますから」 「……そう言えば……最近売っているの、見ないねぇ。昔はどこでも手に入ったけど。」  僕は段々とにぎっているもしもフォンに力が入り始めた。  そして、ついに僕の感情は、沸点まで達した。 「そんな、何処にも売って無いもので、稼働する機械を作るなぁぁあああ!!」  スパーーーーーーン!!  僕は叫びながら、本日初のハリセンチョップを先生の後頭部に食らわすのであった。  ちなみに、テレフォンカードは近くのコンビニで手に入れる事が出来た。  店員さん曰く、年寄りがたまに買っていくそうだ。
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