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同じ夜はまだ遠く
「袴田さん、秋良様がお呼びです。今晩二十二時によろしくお願いしますね」
「えっ……はい。承知いたしました」
ある土曜日の夕方、ほかのメイドと一緒にカトラリー磨きをしていた美央は、執事長の山内から用命されてこくりと頷いた。この屋敷の主である秋良がどういう用件で美央を呼ぶのかは誰もが心得ていることだが、山内も隣にいる中年メイドも、まったく何も気にしていない素振りだった。
私立ヴィルゲノーパス学院高等部メイド科の二年生である袴田・マリア・美央は、天蔵・フィリップ・秋良が住まう屋敷に住み込みで雇われているメイドの一人だ。
美央の両親は美央が十歳の頃に離婚した。家を出ていった母親は、それ以来一度も会っていない。父との二人暮らしを余儀なくされた美央だったが、その父親も、何度目になるかわからない事業失敗で多額の借金を背負い、数か月前に蒸発した。途方に暮れた美央だったが、幸いなことに天蔵家に救われた。どういう理由なのかはわからないが、いくつものグループ会社を持つ天蔵グループのトップに立つ天蔵家が、美央の父親の借金を清算してくれたのだ。そしてその見返りとして、美央は天蔵家現当主の一人息子であり、次期天蔵家当主の秋良の屋敷でメイドとして仕えることになった。
この世界は平等に見えて、実は身分の差がある。その差を実感する当人たちは少数派ではあるが、身分が圧倒的に「上」の者に対して、身分が「下」の者は逆らえない。そして美央は身分が「下」で、主人の秋良は「上」の者だ。その秋良が来いと言うのならば、ほかの何を差し置いてでもその命令に従わなければならない。
数時間後、今日の仕事を終わらせた美央は使用人共有パソコンのシステムに実労働時間を入力し、湯浴みして身体を清める。そして質素な部屋着であるワンピースを着て秋良の寝室のドアをノックした。
――コン、コン。
「入れ」
ほとんど間を置かずに、中から秋良の声が聞こえる。その声は氷かと思うほどに冷たく、自分で呼んでおきながら美央の来訪を歓迎しているようには、とてもではないが思えなかった。
「失礼いたします」
秋良の寝室を訪れるのはこれが初めてではないのに、美央の声は緊張でかすかに震える。これからされることへの不安と、何より秋良の機嫌を損ねないでいられるかどうかというプレッシャーが、美央の小さな心に重くのしかかっていた。
天蔵家は恩人だ。その恩人の家の息子である秋良はまだ二十七歳という若さではあるが、天蔵グループのある会社で管理職に就いている。社会的地位が高いだけでなく眉目秀麗で人目を惹くほど整った容姿だが、しかしその視線も声も、常にとても冷たい。自分以外の人間はすべて敵であるとみなして威嚇しているかのようだ。
「全裸になってベッドに上がれ」
「はい……」
今夜もまた、秋良は言葉少なに美央に命じた。
美央は少しばかりの恐怖を抱きながらも、主人である秋良の命令に従ってワンピースを脱ぐ。それからキャミソールもパンティもすべて脱ぎ、スリッパを脱いでひたひたと絨毯の上を静かに歩くと、キングサイズのベッドの上に乗って横座りをした。
秋良がこうして美央を寝室に呼ぶのは、これで何度目だろうか。
美央はこれまでに幾度も秋良に抱かれている。しかし、秋良に処女華を散らされるまでセックスはおろかろくな恋愛経験もなかった美央は、いまだにこの行為が慣れない。秋良の機嫌を少しでも損ねないようにと、ただそれだけに必死だ。
「仰向けになって足を開け」
「はい」
半袖を脱いで上半身裸になった秋良もベッドに上がり、美央を組み敷く。秋良の身体はみっともないビール腹などあるはずもなく、腹筋がうっすらと割れて引き締まっていた。
「ん、ぅ……」
秋良は美央の首筋に顔を埋めると、なめらかな肌を舌でひと舐めした。そのくすぐったさに美央は身をよじるが、自分の身体の奥で何かのスイッチが入ったことを確かに感じた。
秋良は甘い言葉をかけることもキスをすることもなく、美央の乳房に手を伸ばす。痛くはない手付きで白い丘を揉み込まれると、美央の上半身は緊張と不安できゅっと硬くなった。
「んっ……あっ」
秋良の片手が美央の腹、太ももをさすり、何にも覆われていない女のワレメをつつつ、となぞる。そして狭い隘路を見つけた中指がぬぷり、と差し入れられた。
「狭いな。下半身の力を抜けよ」
秋良が不機嫌そうな声で言う。
メイドという身分の人間は、主人の快適な生活をつくるために存在している。そして主人の命令には絶対服従だ。
父親と一緒に暮らしていた頃は非常に貧乏で苦しい生活なりに一応「普通」の身分だった美央だが、天蔵家に仕え始めて天蔵家の厚意で私立高校のメイド科に通わせてもらううちに、しっかりとメイドという「下」の身分の者のそうした心構えを持つようになっていた。
それなのに、こうして秋良に呼ばれて性行為の時間になっても一抹の恐怖が消えず、身体は強張ってしまう。自分は秋良の快楽のために使われるおもちゃにすぎないのに、その任を果たせないどころか彼を不愉快にさせていることが非常に申し訳なかった。
「す……すみません」
「はあ……」
秋良は深いため息をつく。美央はもう一度「申し訳ありません」と丁寧に謝った。
主人の寝室に呼ばれて行うセックスは、決して愛し合う者同士のコミュニケーションではない。これは、仕事が忙しい秋良のストレス発散行為であり、溜まった性欲をほどよく処理するための行為にすぎない。だから、間違っても秋良が美央を気遣うことなどない。むしろ美央の方が主の秋良を気遣って、秋良を気持ちよくさせなければならない。
それなのに、それができない。秋良があまりにも言葉が少なくて何を考えているかわからないうえに常に冷徹な態度でいるため、美央の心も身体もどうしても委縮してしまうのだ。
(どうしよう……どうしたらいいの……)
この行為をおとなしく甘んじて受けるつもりではいる。しかし受け身の姿勢でいるだけでは、彼が気持ちいいと感じられるセックスにはならない。秋良に仕える身としてできることはしたいが、知識の乏しい美央は何をどうすればよいのかわからなかった。
「膝を曲げて左右に開け」
「え?」
「開きにくいなら自分で足を持って広げてもいいぞ」
「あ、えっと……はい」
自分を見下ろす秋良をちらっと見てから、美央は言われたとおり自分の太ももに手をかけて、恐る恐る左右に足を開いた。身体の中の最もはしたない部分を秋良の目の前にさらす形になり、恥ずかしさのあまりに美央は目をつむる。そうして何も見えなくなったその瞬間、ぬめっとした感触を伴った動きをワレメに感じて、美央ははっとした。
「やっ、え、うそ……秋良様っ!」
美央が慌てて目を開けて視線をそこへ向けると、信じられないことだが、背中を丸めた秋良が美央の股間に顔をうずめていた。そしてぬめっとした感触は彼の舌で、それがべろりと伸ばされて美央の雌谷全体を下から上へと緩慢に舐め上げていたのだ。
「だめですっ! 秋良様、そんなとこ……汚いですからっ」
「ここに来る前にちゃんと風呂に入ってんだろ」
「そ、そうですけど……っ」
「なら平気だ。おとなしく感じてろ」
(そんな、こと……言われてもっ)
主の命令は絶対。そう自分に言い聞かせて言われたとおり自分で足を持って開いたまま、美央はおとなしく秋良の舌の愛撫を受け入れる。ゆっくりではあるが止まることのない舌の表面が、むにゅっと上に引っ張られた上皮から顔を出した赤いおマメにふれると、美央は悩ましげに腰をくねらせた。
「やっ……あぁんっ……そこ、だめっ、です」
「好い、の間違いだろ」
「あんっ……ああっ」
舐められるだけではなく秋良が喋ると、生暖かい吐息が肉の花びらに当たってこそばゆい。
――くちゅ~ん、ちゅぷちゅぷ。
「んっ……あ、あぁんっ……」
――れろれろ、ぺろぺろ。
「だ、だめっ……秋良様っ」
メイドの分際で、主になんてことをさせているのだろうか。
恥ずかしさと申し訳なさで、美央の頭の中は混乱した。しかし美央の制止の声を無視して、秋良は美央の臀部を両手で下からぐいっと持ち上げる。いわゆるまんぐり返しの体勢になると、美央のワレメだけでなく不浄の後孔も秋良の眼下にさらけ出された。
「やっ……やだっ、いやです、こんなっ」
素っ裸であるというだけでも恥ずかしいのに、さらに品のない体勢にさせられて、美央の目尻には涙が溢れた。
「慣れろ」
秋良は冷たい声で一言そう言うと、涙目の美央を視界に入れながら再び美央のクリトリスを甘くかじる。
――ぺろぺろ、くちゅくちゅ。
「んぅっ……あっ、あんっ……」
秋良の唾液でたっぷりコーディングされ、やわらかな舌肉で幾度となくなでられる女の果肉。それだけでなく、雌穴の入り口周囲や花びらにも秋良の舌が這いずり回り、彼の唇に挟まれてやわく食まれる。
泣きたいくらいに恥ずかしい格好で申し訳なさを覚えるような行為をされているのに、しかし美央の胸の奥では少しずつ氷がとけ出すように快感がじわじわと生まれてきて、そしてそれは次第に全身へと広がっていった。
――れろれろ、くちゅくちゅ。
「あぁっ……秋良、様っ……もぅ、だめっ……だめですっ」
「イきそうならイっていいぞ」
「で、でもっ……」
メイドである自分が主を気持ちよくさせなければならないのに、その主に自分の方が気持ちよくさせてもらってしまうなど、果たして許されるのだろうか。
――ぺろぺろ、ちゅぅ~。
「あんっ♡ だめ、吸っちゃっ」
やさしく舐められたあとにクリトリスを吸引されて、美央は目の前がチカチカと光った気がした。メイドなのに、主のことを、恥ずかしいのに、こんなことをされて――と思考が乱れ散りながらも、抵抗不可の快感の稲妻が美央の身体の中を駆け抜けていく。
「だめっ……あぁんっ、もう……イくっ、イっちゃいます……っ」
美央は頭を乗せている秋良の枕の端をぎゅっと握って、下半身に力を入れた。腰がわずかに突き出すように前のめりになり、秋良に見られながら背中をしならせて法悦に浸る。
――ちゅむむ、ぺろぺろ。
「あぅん~……あ、イくっ……イってるぅ……」
一気に駆け上って降りてくるような感覚。
美央が達すると、秋良は美央の下半身を下ろしてやった。
「はぁ……」
美央はぐったりと四肢を伸ばして浅い呼吸を繰り返した。今すぐ動けと言われても少し休憩させてもらわないと動けそうにないほど、全身が倦怠感に包まれていた。
――つぷ、ぬぷぷ。
「やっ、あっ……」
そんな美央の膣穴に、秋良は中指を差し入れる。そして休憩など挟まずに、容赦なくその指で美央の膣壁をこすった。
「今のその状態が、身体の力が抜けてるってことだ。しっかり憶えろ」
「は……ぃ……」
動かそうにも動かせなさそうなほどに重くてだるい身体は、確かにどこにも力が入っておらず、秋良の指をなんなく受け入れている。
美央は薄目で秋良を見上げた。
冷徹な人ではあるが、決して極悪非道ではない。こうして美央のことを好き勝手に抱くが、美央に痛みを与えるような行為は基本的にしない。
「ほぐれたな。四つん這いになれ」
「はい……」
美央は力の入っていない声で頷き、のろのろと姿勢を変える。その間に秋良はズボンと下着を脱いでコンドームを装着すると、美央の秘穴の肉を指でくつろげながら、張り詰めた男棒をぐいっと差し込んだ。
――ぬぽぽっ。
「あんっ……ああっ」
いつになくぬるっと挿入ってきた熱い凶器に、美央は口を半開きにして喘ぐ。前回は多少の痛みも伴ったはずだが、今夜は先に一度イかされたからなのか、美央の膣穴は少しの痛みもなく広がって、秋良の肉タワーを受け入れていた。
「とろとろだ。やればできるじゃねぇか」
秋良はそう褒めると、美央の手首を掴んで引っ張った。そして両膝に力を入れて自重をしっかりと支えると、前後に腰を打ち付ける。
――ぱちゅん、ぱちゅん。
「ああっ、あんっ……やぁっ」
抜き差しされる異物に内壁をこすられて、美央は甘い声で啼いた。秋良に褒められたことが無性に嬉しかった。
――ずんずん、ぐちゅっん。
「やっ、あん、だめっ……激しいっ……」
――ずぼずぼっ、ぐちゅっ。
「っ……美央っ」
肉棒の出し入れを繰り返しながら、秋良は美央の真っ白な背筋を見下ろした。
自分の命令に従うしかない、か弱い身分の美央。しかしふっくらとした桃尻を惜しげもなくこちらに向けて、十も年上の男のペニスをむぎゅっと締め付けているいやらしさには、大人の女としての色香をしっかりと感じる。
「あ、きら……様っ……」
「なんだよ」
あまり会話する余裕はないのだが、秋良は角度を変えて探るような腰付きをしながら、美央に相槌を打った。
「名前……っ……嬉しい、です」
美央はベッドに突いた両腕でしっかりと自分の身体を支えながら、背後に振り向いて秋良にちらっと視線を送る。しかし秋良は何も言わなかった。その代わりに抽送のスピードを上げて、フィニッシュをむかえようとする。
――ぐちゅっ、ぱんぱんっ。
「ああっん、あっ……はぁんぅ……もう、だめっぇ……」
「美央っ……イくっ! 射精すからなっ!」
「は、いっ……ああっ、あぁんっ」
肌と肌がぶつかり合う乾いた音がする。それがやむと秋良はじっくりと腰を前に突き出し、美央の最奥に精を解き放った。
「はぁ……」
美央は脱力した。今度こそ全身が動かせず、綿の抜けたぬいぐるみのようにぺしゃりとベッドの上で横になる。
秋良は掴んでいた美央の腰を離すとムスコを引き抜き、ゴムを外して縛ってゴミ箱へ投げ捨てた。
「服を着て部屋に戻っていい」
「はい……」
秋良は美央に声をかけた。自分はさっさと衣服を身にまとって、ベッドの上の美央を見やることもなくソファに座り、スマホを手に取って見ている。
美央はまだ身体がだるくて休んでいたかったが、用が終わったのだから出ていけ、という空気を秋良からひしひしと感じ、急いで下着と服を着ると「失礼します」と言って秋良に頭を下げ、廊下に出た。
秋良の寝室がある南棟から東棟へと移動し、美央は自分に割り当てられている個室へ戻る。股の間はまだ何か異物があるような違和感があり、もう一度湯浴みをしようかと思ったが、なんだかそれは贅沢で許されない気がした。
(秋良様……)
これは、主がメイドを呼んで性欲発散をしているだけ。ただそれだけの夜だ。
それなのに、美央は思った。緊張で身体を強張らせてしまう自分を気遣って、秋良はクンニリングスをしてイかせてくれたのではないか。行為の最中に名前を呼んでくれたのも、美央のことを道具のように思っているわけではない、ということではないだろうか。
(都合よく考えすぎ……でも……)
ベッドに横たわって、美央は先ほどの行為を思い出す。クンニをされて果ててしまい、身体の力は確かに抜けた。おかげで彼のペニスをすんなりと受け入れることができた。もしまた寝室に呼ばれて「身体の力を抜け」と言われたら、今夜の感覚を思い出すことができるだろう。
それに、なぜか秋良は名前で呼んでくる。執事長の山内をはじめ、美央以外の使用人のことは基本的に名字で呼ぶのにただ一人美央のことだけは、最初に対面した時から名前で呼ぶのだ。
それしきのことで、ふと思ってしまう。自分は秋良に特別扱いされているのではないか。ただのメイドで、しかもまだ十七歳の高校生にすぎない子供だが、秋良の目に映る自分は何かが特別なのではないかと。
(ない……そんなわけ、ない……)
美央は横向きでぎゅっと身体を縮こまらせた。
自分に都合のいいストーリーを妄想などせず、ただ粛々とメイドとしての役目を果たし、しっかりと身分を弁えなければ――そうでなければ、心の奥で小さく芽吹いた感情が育ってしまう。こうして部屋に戻ることなく、あのまま彼と隣り合って眠りたいなどと――まるで彼に恋をしているかのような感情が、大きくなってしまう。
(私はメイドで、秋良様は主。それだけ……それだけなの)
主が性欲処理のためにメイドという道具を使っているだけ。ただそれだけだ。間違ってもそこに愛情などないし、あの冷たい眼差しの秋良に恋心などというものがあるはずがない。彼と心を通わせて愛し合って同じ夜を過ごせることなど、あるはずがないのだ。
それなのに、美央の目にはどうしても見えてしまう。あの冷たい瞳の中に、どこか寂しそうにしている秋良の姿が。そしてそんな秋良をやさしく抱きしめてあげたいと思ってしまう。まだ全然うまくできないが、彼が心から満足できるようなセックスの相手になりたいと思ってしまう。
(だめ……好きになっちゃいけない)
美央は懸命に自制した。
しかし、その後も秋良はたびたび美央を寝室に呼び出し、何度も抱いた。時には手錠で拘束されたり、男性器を模したバイブレーションを挿入されたりもした。しかし、行為の一環にすぎないはずのキスをされると、途端に美央の身体はぐずぐずにとろけた。愛おしく思う男から口付けをされて、女の身体は素直に喜んで濡れたのだ。
これは哀れな身の上のメイドへの辱めだ。ただの性欲発散行為だ。なんの感情もない、ないはずだ。美央は何度もそう自分に言い聞かせた。そうでないと恋心が育つだけでなく、秋良からの愛を得たいという浅ましい欲望まで抱いてしまいそうだった。
主人である秋良との関係が変わったのは、美央が天蔵家に仕えるようになってから約一年が経った頃のこと――それはまた、別のお話で。
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