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「千明に似て、優しくて暖かい人だったんだね」
「俺は別に優しくはないぞ」
「はいはい、そうですね」
私は千明から手を離して、千明のお母さんが眠るお墓の前にしゃがみ目を閉じて合掌した。
『初めまして、朝比奈誠といいます。千明さんとは大学1年生で知り合って、今は同じ職場で働いて、ずっとルームシェアもさせてもらっていました。こうやって、挨拶するのが遅くなってすみません。
千明さんはいつも、いじわるなんです。喧嘩だって沢山するし、すぐ誂われます。その度に楽しそうにしてきて、ちょっとむかつきます。
……でも、私の辛いとき、淋しいとき、いつも隣にいてくれる優しくて素敵な人です。千明さんを産んでくださって、大切に育ててくださって、本当のありがとうございます。
私は私のできるかぎり、一生懸命、千明さんを大切にします。ですので、どうか千明さんの隣にいることをお許しください。どうぞよろしくお願いします』
手を離すと、目を瞑っている時間が長かったようで、隣でしゃがんでいた千明が私の顔をじっと見ていた。
「挨拶できた、ありがとう」
そう言って立ち上がると、千明も一緒に立ち上がっていた。
「ちゃんと話したか?」
「うん……千明さんは私にいじわるです、どうにかしてくださいって」
照れ隠しでそういうと、千明はじとっとした表情で「悪かったな」と返してきた。
「………また、来ようね。次は、もっとちゃんとした格好で来るから」
「あぁ、来てくれるだけで、母さんは絶対に喜んでると思うぞ」
千明はそういうと、歩きながら私の手をそっと握って指を絡めてきた。千明の眠る場所に別れを告げる。
墓地から離れていくと、追い風が拭いた。千明のお母さんが、「またおいで」と言ってくれているような、そんな気がした。
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