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月夜に近所を散歩していたら狼男と遭遇してしまった。「わっ、狼男!」「ひえっ! 食べないで」なぜか狼男のほうが怖がって飛び退いた。「いやいや、それは僕のセリフですよ」「え?」「あなた、狼男でしょう?」狼男は自分の顔に手をやり、裂けた口や鋭い牙やヒゲを触った。「ほ、本当だ」
狼男は耳のピンと立った頭を抱えてその場に座り込んでしまった。ひどく不憫に見えたので「何か事情が?」と声をかけると、「俺、これから彼女とデートなんです。だけどこんな姿じゃ会えない」とめそめそ泣き出した。「きっと彼女はあなたを認めてくれますよ」と言ってあげたかったけれど、赤の他人の僕が言うにはあまりに無責任だと思い、言えなかった。その代わり着ていたコートを毛むくじゃらの幅の広い肩にかけ、隣に腰を下ろして寄り添った。
「どうしてこんな俺に優しくしてくれるんですか」「分かりません。だけど、こんなに月の綺麗な夜にひとりで泣いている獣を放っておくことなんてできませんよ」狼男の黄色い目が僕の目をじっと見つめていた。僕は狼男を抱きしめてあげたかったけれど、さすがに図々しいだろうと思って、ぐっと堪えた。「待ち合わせの時間まで、あと二十分だ」狼男は腕時計を見た。「本当に行かなくていいんですか」と僕。「どうしたらいいでしょうか」「僕が決めることはできませんよ」肩を並べてふたり道端に座り込んだまま、ただ時間が過ぎる。「俺、行きます」
狼男が立ち上がった。「もし彼女に嫌われるとしても、何もしないよりマシです。ありがとうございました」僕も立ち上がり、黙って頷く。狼男は大股で歩いていき、ふと思い出したように振り向いた。「また遭えるでしょうか」黄色い目に一抹の不安を見た僕は「遭えますよ、きっと。月の綺麗な夜に」狼男はいかつい顔でにこりと微笑んで「それじゃあ」と言った。僕は手を振り、毛深い背中が見えなくなると、夜空に浮かぶ月を見上げた。「がんばれよ」
おわり
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